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アメリカ南部、オザーク高原の隠れボルダリングスポットへ行く
2021.07.07 Wed
佐藤 ジョアナ 玲子 剥製師(修行中)
日本の女子クライミング界を代表する伝説的な選手といえば、野口啓代。
両親が経営する牧場のなかにボルダリング壁を建設し、練習をしていたことで有名だが、実際に牧場でクライミングをしたことがある一般人は世の中にどれだけいるだろうか。
私は、ある。
それも外岩だ。
アメリカ南部、アーカンソー州のオザーク高原にあるHorseshoe Canyon Ranch(ホースシュー キャニオン牧場)は、敷地内にある岩場をクライマー向けに一般開放しているめずらしい牧場だ。
キャニオンという名の通り、四方を崖に囲まれた敷地の中に、馬や羊などの動物を放牧している。崖は動物を囲う柵のような役割を果たすとともに、クライマーにとっては絶好のルートになっている。敷地内にはボルダリングに適した大きな岩もゴロゴロ転がっているので、ボルダラーにもうれしい岩場だ。
牧場なので、このように馬や羊の脇を歩いて岩場へ向かう。
クライミングとは、スポーツというよりも、ひとりの人間の生き方を体現する言葉である。
思い出すのは、私がよく通っていた、とあるクライミングジムのカップルのこと。ふたりは婚約間近という仲睦まじい関係性だったのだが、ある日突然別れてしまった。毎日クライミングができるように「どうしてもジムの近くに引っ越したい」と主張して頑なに譲らない彼氏と、通勤などの利便性を考慮して反対した彼女との間で意見が対立し、別れてしまった。ほんのささいな出来事だった。このように、クライミングとはただスポーツの枠に留まらず、生き方そのものが反映されてしまう恐ろしさがある。
クライマーとは、どこへ旅行してもまず登れる岩場を探す生き物だ。最初の写真の右側の男は、じつはこのときクライミングシューズを忘れているのだが、それでも構わず嬉々として岩場へ向かっている。
以前、クライミング仲間のあいだで話題になったインターネット記事に「クライマーと付き合ってはいけない10の理由」というものがあった。そのうちのひとつは、クライマーと非クライマーでは希望するデートの行き先が合致しないことが問題視されていた。
クライマーは隙あらば登りに行こうとするが、世の中ではそんな人は変人である。岩場へ連れて行かれて楽しめる人ばかりではない。
だが、この牧場ならどうだろう。岩場へ行きながら、動物との触れ合いも楽しめる。クライマーも非クライマーも平等に楽しめる画期的な場所である。
アメリカを代表する山岳地帯といえばロッキー山脈。4,000m級の山々が連なるアメリカ中西部の山脈で、無骨な岩とむき出しの地面が目立つ尖った山岳地帯である。
しかしじつは、アメリカにはもうひとつ、地味だが地元民に愛される山岳地帯がある。その名は、オザーク高原。
ロッキー山脈を出ると、あたり一面なにもない乾燥した大地が永遠に続いて地平線を描く。それでも根気よく南へ向かって1日車を走らせると、だんだん木の姿を見かけるようになり、やがて空気に湿り気を感じるようになったころ、クネクネと細い峠道が続く地域に到着する。これがオザーク高原だ。この牧場もオザーク高原にある。
オザーク高原には、ロッキー山脈のような標高の高い派手な山はない。やや高温多湿な気候も手伝って植物がよく育つので、むき出しの岩肌は少なく、ロッキー山脈とくらべると丸みを帯びた穏やかな印象の山岳地帯だ。
しかし、オザーク高原がどことなく丸みを帯びているのは、ただ植物に埋め尽くされているからではない。
ロッキー山脈が形成されたのは約7,000万年前、対してオザークの山々が形成されたのは約5億年前。その長い歴史のなかで、山の本来の荒々しさが削り取られ、いまの穏やかな姿あるのだと、地元の人は誇らしげに語った。
ボルダリングの場合、実際に岩へ取り付いている時間の合計より、岩場へ行くためにマットを背負って歩いている時間のほうが多いのではないかと思うときがある。
歩いている途中でアルマジロの死骸を見つけた。アメリカ南部では定番の野生動物らしい。肉はもうなく、きれいな抜け殻のような状態になっている。
はじめての場所へ登りに行って、その土地独特の体験ができるのもクライミングのよいところだ。
この岩場を代表する課題。Glass bowl V10(三段)
なんとホールドにペトロファイドウッド、つまり木の化石が含まれている。岩としてもかなりめずらしいもので、こんなボルダーはいままで見たことがない。
しかし難易度が高く、残念ながらいまの私には手が届きそうもない。いつか私もこのホールドを握れるようになれるだろうか。
もう少し歩くと初心者にも登りやすそうな質感の岩場に出た。
クライミング大国のイメージがあるアメリカだが、じつはテキサスを除くアメリカ南部では岩場情報が少ない。
南部は風土的に保守的な思考の人が多い傾向にあり、開拓者が岩場をインターネットなど公の場に公開したがらない、という説がまことしやかに囁かれている。実際には、この牧場のように岩の多くは私有地に含まれていて、ほとんどが未開拓のまま残されているのが実情なのではないかというのが私の予想だ。
この牧場で初心者向きの定番課題。Dig Dog V5(2〜3級)
負荷が低いわりにはビジュアル的に気持ちのいい課題。
有名な岩やむずかしい課題を追うだけでなく、たまにはこうやって、みんなにあまり知られていないローカルな岩場へ出かけてみるのもクライミングの楽しみだと思う。