- カルチャー
ペダルひとつで駆け抜けた地球、1万3,432km!!
2013.10.23 Wed
宮川 哲 編集者
そういえば、「知床イヤッホイ!!」なんて、叫び声を上げながら、ヒグマのカゲに怯えて羅臼岳を登っていたことを思い出しました。
「アキくん」こと「山下晃和」といえば、アウトドア業界、自転車業界でのプリンス的な存在として知られる人気モデルです。この甘いフェイスに見覚えのある方も多いのでは?
そのアキくんと知床の山を歩いたのが、もう何年前のことだったか……。当時は、ある山岳雑誌の仕事で北海道の山を歩いていたのですが、アキくんにすれば、あれが「書き始め」だったのかもしれません。
以後、誌面では、モデルとしてのアキくんのほかに、ライターとしてのアキくんがたびたび登場するようにもなっていました。
「書くのはむずかしいけど、オモシロいですね」
なんて語っていたアキくんですが、自身の中にフツフツと溜め込んでいたものがあったんですね。「旅の本を書きたい」と。
いまや、山、アウトドア、自転車、バイクなどの雑誌だけでなく、ファッションや広告の世界でも活躍するマルチな人気者となったアキくんですが、彼の趣味はといえば「旅」そのもの。しかも、ただの「旅行」ではありません。
「衣食住」のすべてを詰め込んで、自転車ひとつで世界を駆け巡ります。彼が決心をしたのは、自身が29歳のときのこと。彼は旅のキッカケを「将来の不安があったから。いまの自分を見つめ直したい」なんて言葉で残しているようですが、たぶん、「まだ見ぬ世界へ」の好奇心のほうが勝ったからじゃないかと思います。
そして2008年の10月、彼は自転車の入った大きな段ボール箱とともに旅立ちました。最初に到着したのは香港。そこから中国、ベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、マレーシア、シンガポールと、5ヶ月をかけてインドシナ半島を駆け巡っています。
不安でいっぱいの旅下手が、言葉ではなく、人間力でその場その場を切り抜けていくさまが、たくさん表現されていきます。
疑心暗鬼でわたった広州では「謝謝」という現地の人の言葉に救われ、ハノイでは仲よくなった男に売春宿に連れていかれ、ラオスではアジアの原風景に心を打たれます。そして、アンコールワットでは腹を下して一週間も寝込んでしまうことも。
そんな旅ではありますが、アキくんはさまざまな「出合い」に支えられ、東南アジアの7,400kmを走破。そしてシンガポールから一度、日本に戻っています。
曰く、アジアの旅は、次の旅への準備期間だったということです。彼がめざしたのは、中南米でした。
「中南米自転車旅は、僕の人生の集大成であった」
と、力の入った言葉が、旅にかける想いの強さを表わしているようです。かくして、アキくんはメキシコシティからブエノスアイレスまでの6ヶ月間を、自分の足だけで突進んでいくのです。
心が震えるほどの感動だったり、やり遂げた想いだったり、現地の人のあたたかさに触れてみたり……そして、挫折もつきものです。
それは、ニカラグアのマナグアでのできごとでした。
「足元のアスファルトの上に血がポタポタと垂れていた」
アキくんはマナグアにたどり着いた二日目の朝に、強盗団に襲われています。
「18歳くらいにみえる少年たちが7人。背後から足音が聞こえ、すでに取り囲まれていた。……草を刈るカマのような物を手に持った男が、僕の左こめかみあたりを殴った。『ソコーロ!(助けて)』と何度も叫んだ」
財布、デジカメ、腕時計など、身に付けていた金目のものはすべて持って行かれてしまったそうです。運よく命だけは助かったものの、血まみれで鼻骨が折られるほどの重症を負ってしまいます。
そして、なによりも心が折れ、耐え難い失望感に包まれてしまったそうです。
「もう旅は続けられない……」
日本への帰国を本気で考えたそうです。ただ、苦しみ、恐怖、悩み、さまざまな感情を自身で消化し、仲間の言葉に助けられ、彼はそこをも自分の足で乗り越えていきます。
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と、そうそう。ここまで旅の話に終始してしまいましたが、この記事の主旨は旅の紹介ではありませんでした。旅はニカラグアのあとも、まだまだ続きます。なんて言ったって、めざすはアルゼンチンのブエノスアイレスですから。
アキくんは、帰国後、自身のこの旅を一冊の本にまとめました。旅の様子は著書『自転車ロングツーリング入門』に詳しく書かれています。そう、この記事の本題はここ。モデル、山下晃和が記した処女作を、ぜひ!
『自転車ロングツーリング入門』は、実業之日本社から刊行されています。この本のめざすところは、タイトルにもある「入門」にあります。アキくんの東南アジアと中南米の自転車旅をベースに、その細かなハウツーをコラム的に織り交ぜた実用書となっています。
海外での自転車旅に出たい人には、なんとも価値の高い一冊だと思います。または、アキくんの人となりを知るにも、そして彼の旅を通じて現地のいまを知るにも、読んでしかるべき一冊かと。
アキくんはこの旅を経て、自身のふたつの夢を実現したことになります。
それは「旅をすること」、そして「旅の本を書くこと」。なんとも、羨ましいかぎりです。
山下晃和。このモデル、ただのモデルじゃありませんよ!