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(アキママ読書日記④) 田中優子の江戸学を読む 『カムイ伝講義』
2014.07.22 Tue
滝沢守生(タキザー) よろず編集制作請負
×月×日『カムイ伝講義』
田中さんとの縁は2005年の秋から始まった。そのころ、小学館では白土三平の「カムイ伝」を1部、2部、そして外伝をまとめ『カムイ伝全集』として刊行することが決まり、翌春から1カ月に2巻ずつ刊行することになった。延々1年半におよぶ刊行期間である。この間にウェブサイトを立ち上げ、連動企画を起こそうとなった。なにしろ「カムイ伝」は江戸時代が舞台であり、また1960年代後半から70年代初めにかけての学生運動の渦中に、学生たちから大きな支持を得た作品だ。江戸学を専門にし、1970年に法政大学に進学した田中さんは適任だと思われた。
しかし、交渉は難航した。状況を知った編集者が、すでに刊行されている単行本を全集分そろえて、とりあえず田中さんに送ろうと言い出した。軽くミカン箱2個ぐらいになる。企画に乗る気がなかったら、相手にとってはとんでもなく迷惑な話であろう。すると、意外や意外、企画への賛同を承諾してくれ、ウェブサイトでの連載が決定。そのうえなんと翌春からは法政大学の講義のサブテキストに「カムイ伝」を使うということになったのだ。
こうして「カムイ伝」を使った講義と江戸学からひも解く「カムイ伝」の連載が始まった。それをまとめたのが『カムイ伝講義』。今年の5月にちくま文庫で再版がなった。うれしい。
田中さんによると、江戸時代の図像資料は、浮世絵に代表されるように都市の暮らしを描いたものは多いが、農村を描いたものは本当に少ないのだそうだ。ましてやカムイは穢多の出自だ。非人とともに差別を受け、そこに生まれたら死ぬまで出られない。この被差別民の暮らしは江戸時代の図像で見ることはできないらしい。白土三平は漫画家で、当然、「カムイ伝」には想像もある。しかし、その想像が膨大な資料と、獣を獲り、皮をなめす実体験がベースにあり、かなりの確度で江戸時代の被差別民と農民の暮らしを再構成していると確信したという。そこで、「カムイ伝」から抽出したカットを導入に、江戸時代の民衆の深部に切り込んでいこうというのが、講義と連載の主旨となった。
わたしたちは、翌春から始まった講義を参観させていただいた。最初に差別がテーマになった。江戸時代の差別構造は現代まで残っている。「知らなければそのままですんだのに、この講義は大学の講義にふさわしくない」と、学生から悲鳴のような声があがった。田中さんは毅然と答えた。「大学の講義は高校までとはちがう。知らなくていいという姿勢は大学生にふさわしくない。いますぐ大学から去りなさい」。
じつは、穢多という獣の解体を生業にする職能集団を他の民衆と差別し、その地位と職業を固定したのは武士の都合があった。当時は獣肉を食す習慣はない。得ようとしたのは獣皮である。これは主に武士たちの甲冑の素材になった。江戸時代は軍事政権である。武士たちは兵器確保のために、素材の生産者をどうしても確保する必要があり、獣を解体して獣皮をなめす職能集団を固定する必要があったのだ。
「カムイ伝」は、穢多に生まれ、そこから飛び出て忍びになり、さらにそこからも抜け出る孤高の少年、カムイだけが主人公ではない。もうひとりの主人公に百姓の子、正助がいる。白土三平は、百姓がいかに技術革新に長け、また圧政に対しては命を賭して一揆で立ち上がる姿を描いた。江戸時代の百姓は決して無学な声なき民ではない。これは田中さんも共通した歴史観だったようだ。『カムイ伝講義』でも、江戸時代の百姓の優秀さの解説に多くを割いている。江戸時代の百姓は綿の栽培に成功した。これを白土三平も見逃さなかった。そして、田中さんも記す。
〈じつは江戸時代こそが日本の歴史上唯一の「綿花の時代・木綿の時代」だったのである。……綿花は室町時代に国産が模索され、江戸時代に大量に生産され、江戸時代が終わると消えた〉
綿花と木綿の国産が消えたのは、明治以降のグローバリズムへの対応によってであった。この点ではインドに似ている。日本は帝国主義国の植民にならずにすんだがグローバリズムに対応して、明治以降、産業システムと政治システムを大きく変え、自ら帝国主義国になったのだ。その結果、綿花と木綿の国産は消えた。
田中さんは、江戸時代の日本を同時代のアジアの中で見たとき、そこに綿が重要な鍵となり、また歴史がグローバリズムの力学で動いていることを知り、驚愕するとともに強い怒りを覚えたという。
(つづく)
(文=藍野裕之)
あいの・ひろゆき
1962年東京都生まれ。広告制作会社、現代美術のギャラリー勤務のあと、フリーの雑誌記者に。『サライ』『BE-PAL』『山と溪谷』などの雑誌で取材と執筆に携わる。自然や民族文化などへの関心が高く、日本各地をはじめ、南太平洋の島々などへも足をのばし、ノンフィクションの作品のための取材を重ねている。著作に『梅棹忠夫ー未知への限りない情熱』(山と溪谷社刊)、『ずっと使いたい和の生活用具』(地球丸刊)などがある。