- カルチャー
『エベレスト3D』1996年5月10日、エベレストの真実……。
2015.11.13 Fri
宮川 哲 編集者
話題の『エベレスト3D』。先週の6日金曜に封切りされ、全国の映画館で上映されているので、すでにご覧になった方も多いかと思う。
1996年5月10日。エベレストでの大量遭難といえば、この時代に生きていた多くの人に衝撃を与えた事件だった。こと、山関連の仕事に就いていた身としては、第一報を得るのは一般の人たちよりも多少は早かったと思う。あのとき、エベレストでいったい何が起きていたのかと、詳報を得るためにさまざまな伝手を使って情報集めをしていたことを思い出す。とくに、難波康子さんの七大陸最高峰登頂成功の報のあとにやってきた行方不明の報には、大きなショックを受けたものだった。
あの惨劇からもう20年近いときが経っている。5月10日の遭難事故では8名の登山者たちが亡くなっている。そのうちの5名が南東稜からの商業公募登山隊のメンバーで、残りの3名は北陵ルートを登っていたインド-チベット国境警察登山隊のメンバーだった(96年シーズン中には計12名の犠牲者が出ている)。
この映画で描いているのは、前者の公募登山隊が遭遇してしまった過酷なるエベレストと、それに挑んだ人々たちの物語である。公募隊とは登山ガイド会社が顧客を募って組んだ商業登山隊のことであり、この映画の中心となるアドベンチャー・コンサルタンツ社代表のロブ・ホールは1993年に初めて、公募隊の顧客を山頂に立たせている。
96年当時、エベレストには公募隊だけでなく、世界中から数多くの登山隊が集まっていた。アドベンチャー・コンサルタンツ隊のほか、スコット・フィッシャー率いるマウンテン・マッドネス隊、IMAX/IWERKS遠征隊、台湾隊、南アフリカ隊、イギリス隊、アメリカ隊……など、ベースキャンプは大混雑の様相を呈していた。そして、ルート上にフィックスロープの設置ができていなかったり、アイスフォールに設置されたハシゴ上で順番待ちの渋滞が起こるなどの問題が噴出。
そんななかで5月10日の登攀当日を迎え、ロブ・ホールとスコット・フィッシャーの隊は行動を共にすることになり……。あの日、エベレストの高みで何が起こったのかについては、生存者たちが残した幾つかの書物によって描かれている。
アドベンチャー・コンサルタンツ隊の顧客として参加していた『アウトサイド』の契約ライター、ジョン・クラカワーの“INTO THIN AIR(邦題「空へ」)”や、マウンテン・マッドネス隊のガイドとして参加していたアナトリ・ブクレーエフの聞き書というかたちでの“THE CLIMB(邦題「デス・ゾーン 8848M」)”、サウス・コルから奇跡の生還を果たしたロブ隊の顧客、ベック・ウェザーズの“Left for DeadーMy Journey Home from Everest(邦題「死者として残されて エヴェレスト零下51度からの生還」)”などである。
クラカワーとブクレーエフの主張のちがいなどに注目が集まり、当時、さまざまな議論を湧き起こしてきたことを覚えている人もいることだろう。商業公募登山隊とは何か、ガイドがなすべきこと、一般人のエベレスト登山の是非など、この遭難事故をきっかけに本当に多くのことが語られたように思う。それだけの社会的事件を、映画ではどのように描いていくのか。テーマが事実に基づいているだけに、この辺の扱いは非常にむずかしいのではないだろうかと、鑑賞する前には思っていたのだが……。
映画では、どちらの立場にも立っていない。事実を事実として淡々と、冷静に描き上げている。あの日、エベレストで起こった出来事を本当にていねいに、誠実に表現している。それゆえに、あの日に何があったのか、どうして彼らは生きて還ることができなかったのかが、よく分かる。運命を変えてしまった判断は……その答えなどないのかもしれない。
この究極の登山に挑む人々の極限状態は、観る者の心を震え上がらせずにはいられないだろう。でも、8,000mを超える領域では、人の意志などは吹き飛ばされてしまうほどに小さなもので、その運命を決めるのは山そのもの、エベレストである。と、映像は物語っている。
この映画の見どころは、もうひとつある。その凄まじき死の領域を3Dで描き上げているところは、さすがはハリウッドである。座しながらにして、あの猛吹雪の8,000mを疑似体験できてしまうとは。その迫力の凄さには、ブルっと震えてしまうほど(映画館のなかは寒くないのに)。
■『エベレスト 3D』(原題:Everest)
監督:バルタザール・コルマウクル
出演:ジェイソン・クラーク、ジョシュ・ブローリン、ジョン・ホークス、ロビン・ライト、エミリー・ワトソン、キーラ・ナイトレイ、サム・ワーシントン、ジェイク・ギレンホール、森 尚子ほか
配給:東宝東和
TOHOシネマズ 日劇ほか全国公開中
予告編は以下。
http://youtu.be/6H9hN1rlNH4