- カルチャー
<書評>野田知佑最新作『ユーコン川を筏で下る』を読む
2016.07.04 Mon
藤原祥弘 アウトドアライター、編集者
ユーコンの掟
これがユーコンの掟である
単純で明快な掟だ
愚かしき者 弱き者を寄越すな
強き者 頭のしっかりした者を送れ
戦いの憤怒に堪えうる者
戦いの準備ができている者を わが許に送れ
鉄の意志を持ち
勝ち誇った豹のごとく敏捷で
負けた熊のごとく獰猛な男たちを送れ
勇猛な親たちから生まれ きびしい試練で
はがねのように強靭になった男たちを
あなた方の最良の者を わが許に送れ
ロバート・サーヴィス <野田知佑 訳>
野田知佑さんの最新作『ユーコン川を筏で下る』は、ユーコン川に生きた詩人、ロバート・サーヴィスの引用ではじまる。
野田さんは、日本のアウトドア雑誌の草創期から活躍する紀行作家にしてカヌーイスト。日本にツーリングカヌーという文化を持ち込み、90年代に沸き起こった爆発的なカヌーブームの立役者でもある。
野田さんがいなければ、日本のパドリングスポーツの裾野はこれほどまでに広がらなかっただろう。カヌー、カヤックは外遊びに使う小道具、あるいは門戸の狭い競技やエクストリームスポーツとして認識され、現在のように旅の道具として多くの人に使われることはなかったはずだ。
『ユーコン川を筏で下る』はそんな野田さんの久しぶりの単行本だ。ひとつ前の単行本の発表が2012年なので、実に4年ぶりの発表となる。
その内容はタイトルの通り。野田さんが自作の筏で仲間たちとユーコン川を下ったときの一部始終が記録されている。。
古いファンは野田さんとユーコン川と聞けば、カヤックを使った単独行の名作『ユーコン漂流』を思い浮かべるだろう。そして熱心な読者は、野田さんを『ユーコン漂流』の旅へ駆り立てたきっかけが、筏を使ったとある探検行だったことを思い出すかもしれない。
その記録が掲載されたのは1975年の『NATIONAL GEOGRAPHIC』。「RAFTING DOWN THE YUKON」というタイトルで、20代の4人の青年がユーコン川を筏で2年かけて漕ぎ下った旅が特集された。
この記録に衝撃を受けた野田さんは、記事を読んだ10年後にユーコンを訪問し、『ユーコン漂流』をまとめることになる。またその旅の最中に、実際に筏でユーコン川を下る旅行者に出会い「それ以来、ユーコン川を筏で下ることが、ぼくの頭の中にずっと居座」ることになった。
そして『ユーコン川を筏で下る』(つまり「RAFTING DOWN THE YUKON」だ)の旅で、野田さんはついにこの宿題をやり遂げる。旅を実行したとき、野田さんは75歳。実に「RAFTING DOWN THE YUKON」を読んでから、40年近い時間が過ぎていた。
2013年の夏、仲間たちとユーコンに渡った野田さんは、スプルースの木を使ってひとり乗りの筏を製作。レイク・ラバージュから漕ぎ出し、ドーソンへと向かって約700kmの旅に出る(仲間たちはそれぞれカヌーに乗って並漕する)。
荒れ地へ漕ぎ出した一行は、ユーコンの流れに船をませて、ゆっくりと流れ下っていく。魚を大漁し、オーロラの下で眠り、先住民と語らう。
この旅の模様は2013年10月〜2014年5月までの『BE-PAL』で発表されているが、大幅な加筆によって、連載時とはまったく異なる印象を受ける作品になっている。
記録に挿入されるのは、ユーコン川をめぐる歴史や文学、人物のエピソード。また、野田さんが国内外で繰り広げてきた川旅の思い出や思索が随所に散りばめられる。
ユーコンの開拓が始まってからの120年。野田さんが通い出してからの30年。それぞれに積み上げたエピソードが集まって、1本の太い流れになっていく。
旅の模様と野田さんの随想を牽引していくのは、短く鋭いセンテンス。『ユーコン漂流』の頃の野田さんを彷彿とさせる、緩急も鮮やかな文体で物語は展開される。
一巻を読み通したときに残るのは、焚き火を前に野田さんから旅の話を聞いたかのような読後感。
まだ野田さんの本に触れたことのない若い読者は入門編として、野田さんの作品を読み継いできた読者は集大成として楽しむことができるだろう。