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監督、撮影、登攀の三刀流!ジミー・チン特別インタビュー。映画『MERU/メルー』今週末に公開
2016.12.26 Mon
森山憲一 登山ライター
山岳ライターの森山憲一です。こんにちは。
なんて始めると、上の写真が私だと思ってしまう人も多いかと思いますが、残念ながら違うのです。この人はジミー・チンというアメリカのクライマーでありフォトグラファーであり映像作家。今度の大晦日から公開される映画『MERU/メルー』の監督を務めた人物です。映画公開に合わせて来日したので、インタビューをしに行ってきたというわけです。
この映画は、インド・ヒマラヤにあるメルーという山を登った3人の男たちのドキュメンタリー。すべて実話であり、映像もリアルのもの。映画のために撮影されたのではなく、実際の登攀時に撮影されています。この山はカメラ1台持っていくのさえためらわれる極めつけの難峰。これだけ厳しい場所でこれだけ本格的な映像作品が作られた例は過去になく、「本物の山岳映画」として、前評判も高い作品となっています。ジミーはその監督であり、3人のクライマーのひとりでもあります。
さて、冒頭で私、「クライマーでありフォトグラファーであり映像作家」とさらっと書きました。「要するに何でも屋?」みたいになんとなく思った方、認識を死ぬほど改めていただきたい。ジミーは一流の才能が3つ備わったような人物で(ついでにいえばルックスもカッコいい)、クライマーとしてもクリエイターとしても、それぞれでタイトルを取れるような人なのです。言ってみれば、ピッチャーもバッターもどちらもトップレベルでプレイできる日本ハムの大谷翔平のようなもの。大谷翔平との違いをいえば、ジミーはそれを世界を舞台に行なっているということです。
クライマーとしてのジミー
(c) 2015 Meru Films LLC All Rights Reserved.
これは、アメリカ・ヨセミテ渓谷の有名な大岩壁エルキャピタンを登るジミー。登っているルートは「パシフィック・オーシャン・ウォール」と呼ばれているところ。登り切るには1週間かかるという難ルートで、日本人でこのルートを登ったことがある人は数えるくらいしかいないはずです。このほかにもジミーは膨大なロッククライミングの実績を持っており、エルキャピタンで15回もワンデイアッセント(1日で登る)を記録しているそうです。
(c) 2015 Meru Films LLC All Rights Reserved.
ロッククライミングだけではなく、氷雪壁を登るアルパインクライミングでの強さも半端ではありません。
上の写真は今回の映画の舞台となったメルーという山を登っているワンシーンですが、ジミーたちが登ったこのルートは、この20年ほど世界のトップクライマーたちが何度もトライしながら誰一人として登れなかった難ルート中の難ルート。これはジミーを必要以上に持ち上げるために盛って語っているのではありません。なにしろ、そのトップクライマーたちというのは、マグス・スタンプ、ジョニー・ドウズ、ブルース・ミラー、ニック・ブロック、ジュールス・カートライト、ピート・タケダ、ワレリー・ババノフ、馬目弘仁、シルヴォ・カロ。これらの名前を見れば、アルパインクライマーなら瞬時にルートの価値を了解するはずです。
2011年にジミーたちが登ったというニュースを聞いたとき、私も「ああ! ついに登られたか!」と興奮した覚えがあります。「シャークスフィン」と呼ばれ、世界中のクライマーのターゲットとなってきたこのルート。これを登ったということは、アルパインクライマーとして世界最上級の勲章を得たといっても過言ではないのです。
クリエイターとしてのジミー
ジミーは山を舞台としたアドベンチャーフォトグラファーで、『ナショナル・ジオグラフィック』や『アウトサイド』など世界的に有名な雑誌に何度も写真が掲載されているほか、アップルやピレリなど広告写真の分野でも活躍しています。彼の写真は、「山岳」とか「アドベンチャー」などという枠を超えて、写真としてすばらしいのです。行く場所がすごいところだからインパクトのある写真が撮れているだけでは明らかになく、写真の技術やセンスも相当に高いです。私はかなり写真好きなのですが、ジミーは写真家としてもお気に入りのひとり。以前から彼のインスタグラムをフォローしていて、写真のクオリティの高さにいつもため息をもらしています。
たとえばこういう写真はジミーの本領というべき一枚。すばらしいですよね。ちなみにこれ、エベレストの山頂からスキー滑降したときのものです。ジミーはスキーもうまいのです。
一方でこういうアーティスティックな写真もジミーの魅力です。トップアスリートでありながらこういうセンスを持ち合わせている人はなかなかいません。というか、ジミー以外にそういう人はひとりしか知りません(そのひとりは後述)。
これは来日中にアップしていた一枚。浅草の浅草寺なのですが、なんか違うと思いませんか。空気感というか雰囲気が独特ですよね。
こういうさまざまな写真が撮れて、それがいちいちクオリティが高い。それがジミーなのです。ぜひインスタをフォローすることをおすすめします。
もともと映画を作るつもりではなかった
「Nice to meet you」
そう言ってインタビューの場所に現れたジミーは、やわらかい笑顔が印象的な人でした。写真業界や広告業界でも華々しく活躍している人なので、もっとガツガツしたアメリカンな人物を想像していたのですが、まったく違いました。おだやかで、ひとつひとつ考えながらていねいに話してくれます。中国系アメリカ人のジミーは顔立ちもわれわれ日本人としては親しみのあるもので、話しているとアメリカ人ということを忘れそうになります。とはいえ、腕の太さと胸板の厚さは東洋人離れしているのですが。
ジミー・チン。イケメンである Photo by Kaoru ito
「もともとはこのメルーの登攀を映画にするつもりはなかったんです。僕はひとりのクライマーとしてシャークスフィンが登りたかっただけで、映像はあくまで記録として撮影していただけなんですよ。ただ、帰ってきてから映像を見返していると、山頂でコンラッドやレナンが思わず口にした言葉などがとても感動的で、これは映画として作品にする価値があると思ったんです」
コンラッド・アンカーは、アメリカの有名なクライマー。1999年にジョージ・マロリー(「そこに山があるから」という名言を残した1920年代の登山家)の遺体をエベレストで発見したことでも知られています。今回のチーム最年長で、以前からずっとシャークスフィンを狙い続けてきた人物。ジミーによれば、「15歳の心を持った50歳(実際には54歳です)の男」。ふだんはとてもジェントルな人なのですが、山では子どものようにはしゃぐらしい。2009年に来日したときに、私はいっしょに山に登ったことがあるのですが、確かに思い当たる節があります(笑)。
コンラッド・アンカー (c) 2015 Meru Films LLC All Rights Reserved.
レナン・オズタークはチーム最年少のロッククライマー。ジミーのレナン評は「もの静かな芸術家」。レナンは絵が非常にうまく、私が先に書いた「ジミー以外のもうひとり」というのはレナンのことであります。彼は写真やムービーのセンスも抜群で、まさにアーティスト。私は彼のセンス大好きなのです。ぜひ彼のサイトで絵を見てみてください。すばらしいです。ついでにいえば、レナンのインスタもセンス爆発しているのでぜひ。映画の中では、大ケガをしてしまってストーリー上のキーマンともなっています。
レナン・オズターク (c) 2015 Meru Films LLC All Rights Reserved.
絶対に3人で登りたかった
「ケガをしたレナンをチームに加えることは大きなリスクでしたが、でも僕はやっぱり彼と登りたかった。3人でやってきたチャレンジなんだから、リスクを抱えたとしてもレナンを外すことはできなかったんです。コンラッドにとっては、シャークスフィンは彼の師匠となるクライマーが狙い続けていたルートでもあります。友情とか師弟関係とか、言葉にすると陳腐ですが、そういうことを心から感じられるシーンが映像に記録されていました。これは、登山をしない人にもきっと伝わるテーマだと感じたんです」
「この映画をどういう人に見てもらいたいですか?」と聞くと、ジミーは「登山をしない人も含めた多くの人」と答え、上のように続けました。登山は、友情や師弟関係という、人として普遍的なテーマを際立たせるのにとてもよい舞台だというのです。そのテーマをさらに明確にするための映画的工夫のひとつが、作家のジョン・クラカワーの起用でした。ベストセラー『空へ』やショーン・ペン監督で映画化された『荒野へ〜イントゥ・ザ・ワイルド〜』などで知られるジョンは、ジミーやコンラッドとも旧知の仲で、随所に差し込まれる彼のコメントが、映画の完成度を上げてくれたとジミーはいいます。
「Jon is so great」と興奮ぎみに語るジミー。ジョンは普通の人にも登山の魅力や奥深さを伝える能力にとても長けていると話し、「もはやチームのひとり」と手放しで賞賛していました。
太い前腕が印象的 Photo by Kaoru Ito
家族のコメントを多用しているところも、この映画の特徴です。夢を追求する男たちに対して、その帰りを母国で待つ家族。まったく異なるふたつの視点が、単純な挑戦ストーリーではないリアルな現実を浮かび上がらせてくれています。ここも、登山をしない人にも理解してもらえるための重要なパートだとジミーはいいます。
これには思い当たることがあります。ジミーは『MERU/メルー』のパンフレットに次のようなコメントを寄せています。
「情熱の追求は必ずしも美しいものではないということも、伝えたかった。そこには葛藤や、迷いや、苦しい妥協が溢れている。自分の心に従いながら、他人への責任を果たすことはとても難しい。私もよく自問します。一体どこで線をひけばいいのかと」
名言ではないでしょうか。
クライミングという自分の夢と、家庭や社会生活との両立に悩み迷うひとりの男の心境を、ジミーは伝えたいのだと私は理解しました。「情熱の追求は必ずしも美しいものではない」――これはなかなか言えない含蓄のある言葉だと思います。知的でありながらとても人間的なジミー・チンという人物を感じました。映画が単純な山岳カタルシスだけではなく、非常にリアルなヒューマンドキュメントとなっているのは、ジミーのこういう考え方あってこそだったのでしょう。
映像はほぼすべてリアル
その一方でジミーはこうも言っていました。
「クライミングをしている人が見ても納得するものでないと意味がない。クライマーに受け入れられなかったら失敗だと思っています」
一般の人たちに見てもらいたい映画であると同時に、クライマーにも楽しめるものでありたい。それを常に考えながら編集したそうです。その話をしているときにジミーは、「That’s my pure group」とぽろっとこぼしました。ジミーはフォトグラファーとして大成する前、21歳から28歳までの7年間、車で寝泊まりしながらクライミングを続ける「フルタイム・クライミングバム(笑)」として生活していた時代があります。自分のルーツはそこにあり、そこをともに過ごした仲間をがっかりさせることはできないという意味だったのでしょうか。思わず口にしたなにげないひとことに、ジミーの真摯な人柄を見た気がしました。
言葉を選びながらていねいに話してくれるジミー Photo by Kaoru Ito
撮影の裏話的なことも話してくれました。映画の中では、レナンがスキーで転倒して頭蓋骨骨折という大ケガを負って病院に担ぎ込まれるシーンや、ジミー自身がスキーの撮影中に雪崩に巻き込まれて九死に一生を得るシーンなども出てきます。試写会で見たときは、ああいうのは再現映像だと思っていたのですが、「あれはほとんどリアル映像」ということでした。
「掘り出されて救助されるところはは全部実際の映像です。雪崩に巻き込まれながら、口や耳にも全部雪がつまって埋没。呼吸がまったくできなくて、本当に九死に一生を得ました」
映画の中であまりに違和感がなかったため、てっきり再現フィルムかと思っていました。「ジミー、演技もうまいな」なんて思ってたんですが、本当に死にそうになっていたんだから、そりゃ迫力も出て当然ですよね。
本番のシャークスフィンの登攀も、もちろんリアル映像。山頂でコンラッドがひれ伏す印象的なシーンも実際のもの。キヤノンのEOS 5D Mark 2という一眼レフカメラで撮影したそうです。あの重たいEOS 5Dをあのルートに持っていったというだけですごいですよ……。
紅白なんてどうでもいいから今年の大晦日はこれを見て下さい。キャッチコピーは超ダサイけど作品は傑作です。ジミー・チンは偉業を成し遂げた。/登頂が極めて困難な山に挑む男たちを追う!映画『MERU/メルー』予告編 https://t.co/iIyTmWdKhY @YouTube
— ホーボージュン (@hobojun) 2016年12月12日
映画は12月31日(土)公開。予告編を見るだけでも映像の迫力は伝わってくるかと思います。これは映画館で見たほうが絶対にいい映画です。試写会を見たホーボージュンさんも異様に興奮したツイートをしてたぞ!
(インタビュー=森山憲一)
『MERU/メルー』
2016年12月31日(土) より新宿ピカデリー/丸の内ピカデリー/109シネマズ二子玉川ほか全国ロードショー
(c) 2015 Meru Films LLC All Rights Reserved.
http://meru-movie.jp/
公式Facebookページ:https://www.facebook.com/meru.jp/
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