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<書評>日本人のお尻は究極の快楽をまだ知らない。糞土師・伊沢正名『葉っぱのぐそをはじめよう』
2017.02.14 Tue
藤原祥弘 アウトドアライター、編集者
糞土師(ふんどし)・伊沢正名。
20代から野糞に取り組み、1999年には年間野糞率100%を達成。2003年には連続野糞が1000日を超える野糞千日行も成就し、それ以降も記録を更新。1974年以来、43年にわたって野糞を実践し、ウンコについて思想を深め続ける野糞界の巨人である。
誰もが驚く肩書きとプロフィールだが、伊沢さんにはもうひとつの輝かしい経歴がある。キノコやコケの撮影の第一人者としての姿だ。ちょっと自然に興味がある人なら、これまでに何度も伊沢さんの写真をそれと知らずに目にしているはずだ。
少年時代から自然保護運動に傾倒した伊沢さんは、撮影を通じて動植物の遺骸を再び土に返す「分解者」の役割を果たすキノコに興味をもち、独学で撮影技術をマスターする。
そして、伊沢さんがキノコの撮影をはじめたのと時を同じくして、伊沢さんの人生を野糞の世界へ向かわせる事件が起きた。伊沢さんの住む地域に、屎尿処理場の建設計画とそれを反対する住民運動が巻き起こったのだ。
これを目にした若い日の伊沢青年は「自分が出したウンコに責任を持たず、どこか遠いところで始末してくれとは、単なる住民エゴではないか」と疑問を覚えるが、自分もまた、どこかでウンコを処理してもらう身。
自然保護を訴えながら、自分のウンコの行く末に目をつぶるわけにはいかない、と一念発起した伊沢さんは1974年の1月1日から野糞を開始。以来、すべての野糞について場所と時間などの記録を残しているという。
そして、処理方法に自分で責任をもつという視点以外にも、野糞には大きな意味があった。
すべての生物は他の生き物を食べてウンコを出す。ウンコは小生物の餌となり、菌類に分解されたウンコはまた別の生き物を養い、めぐりめぐって再び食物となる。誰かのウンコは、誰かにとってのごちそうなのだ。
しかし、人間だけがこのサイクルを断ち切っている。処理場に送り込まれたウンコはさまざまな過程を経て、最終的には「焼却処分」されてしまう。ウンコをトイレに流すことで命の循環を断ち切るわけにはいかない、という思いも伊沢さんの野糞には込められていた。
人知れず野糞への思想を深めていた伊沢さんは、2006年に写真家を廃業。残る人生を「糞土師」として糞土思想を広めることに費やすことを決意し、以来全国各地で野糞の普及活動を広めている。
伊沢さんが糞土師になるまでの経緯とその後の活動、野糞のテクニック、野山に返されたウンコがどうなるかは、2008年に発表された『くう・ねる・のぐそ 自然に「愛」のお返しを』に詳しい。その発表から8年、さらに深まった糞土思想を盛り込んだのが、2016年の暮れに刊行された『葉っぱのぐそをはじめよう』だ。
タイトルのとおり、本書の主題となっているのは排泄後に肛門を拭くための葉っぱである。
伊沢さんの推奨する「伊沢流インド式ノグソ法」では、(1)穴を掘り(2)葉で拭き(3)水で肛門を洗い(4)埋めて目印を立てるのが流儀。トイレットペーパーは漂白処理などが施されていて自然にかえりづらいが、その点、葉っぱであればウンコと一緒に自然にかえっていく。
自然にかえりやすいだけでなく、葉っぱのぐそにはもうひとつのすばらしい点がある、と伊沢さん。
「私の評価では5段階評価でトイレットペーパーの尻触りの評点は3.5。野山には、もっと尻触りのいい葉っぱがあるんです」
本書では肛門を拭う道具としての葉っぱの性能を、葉の質、尻触り、拭取力の3点から評価。若葉だけでなく、半枯や枯葉を湿らせたものなど、葉っぱの状態の面からも考察している。植物によっては、枯葉を湿らせたほうが若葉よりも拭き心地がいいものがあるという。見分け方、使い方を写真で解説。紹介された88種のうちから、特におすすめの10種には七五調の野糞の句が添えられる。拭き心地は使えない、難あり、まあまあ、良い、素晴らしいの5段階で評価。最後に総合の評点を5段階で表記。
トイレットペーパーの評点が3.5のところ、評点5に輝く葉っぱはヨモギの若葉、キリの若葉の半枯、チガヤの熟穂束などなど。「うっとりするほど最高の拭き心地」とは、いったいどのような感触なのだろうか。
また、葉っぱ図鑑だけでなく、『くう・ねる・のぐそ』以降に深められた糞土思想についてのエッセイも本書の魅力だ。
災害時の野糞術、野糞と死生観、野糞と人権・法律、野糞をうたった詩歌の分析などなど、ウンコを起点に糞土師の随想はどこまでも広がっていく。
本書から葉っぱと肛門の素敵な出会いについて書かれたエモーショナルな一節を引いてみよう。
葉っぱノグソの探求は当初の予測をはるかに超え、やわらかさ、尻触りの良さ、拭取力の高さなど、高級トイレットペーパーにも負けない素晴らしい葉っぱとの出会いが次々にありました。特に春〜初夏の若葉の季節など、拭きたい葉っぱがありすぎて、ひと拭きごとに種類を替えても使いきれないほどの贅沢さ。また、便利になった現代社会で大幅に失われてしまった季節感が、目だけでなく敏感な肛門でまでリアルに味わえることのありがたさ。さらには半枯れや草玉など、拭き心地を高める工夫の楽しさや、不可能と思っていた枯れ葉の素晴らしさに気づいたりと、未知の世界の扉を開いてしまった喜びといったらありません。これまでは単にウンコを拭き取る手段でしかなかった行為に、心身ともに新たな大きな快楽を得たのです。そして私はついに、ノグソで究極の快楽にたどりつきました。
野糞の探求の末に、伊沢さんがどんな快楽にたどり着いたかは本書を読んでのお楽しみ。
糞土師自ら「この本が絶筆になっても悔いはない」と言い切る『葉っぱのぐそをはじめよう』。読み終える頃、あなたはきっと次の野糞でどんな葉っぱを使おうか楽しみに思っているはずだ。
「糞土思想」が地球を救う
葉っぱのぐそをはじめよう
糞土師 伊沢正名
¥1,400+税 山と溪谷社
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「野糞は命の返し方」。糞土師・伊沢正名の講演会「うんこはごちそう」が相模原市で開催!
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ノグソフィア