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地球を滑る旅 No.3 アイスランド編「人口密度はスッカスカ、自然の厳しさビッシビシの桃源郷」
2018.09.11 Tue
好奇心を推進力に、その地に息づく独特のスキー文化を求めて旅をする「地球を滑る旅 〜Ride the Earth〜」プロジェクト。下調べなしの出たとこ勝負でフリースタイルな旅程を刻む様子は、すでに発売されているフォトブックで詳細に語られています。が、それらの旅を振り返り、改めてそれぞれの旅のもっとも核心的で革新的だったパートをAkimama用に書き下ろし! そんなスペシャルな連載も今回で3カ国目。プロスキーヤー・児玉 毅とカメラマン・サトウケイの二人はググっとスキーヤーの気持ちに沿った、あの国に向けて旅立ちました。時は2015年の冬のことです。
今回滑りに行った国 国名:アイスランド 面積:約103000㎢(日本の約1/4) 人口:約337600人(日本の約1/370) 通貨:アイスランド・クローナ(1アイスランド・クローナ≒1円) 公用語:アイスランド語 |
気になっていた島国
『そんなところでスキーなんてできんのかよ!』とツッコミが入る国が2回続いた、我々の「地球を滑る旅」。プロジェクトの出だしとしてインパクトを重視したのは確かだけれど、必ずしも意外性だけを狙っているわけではない。スキーのイメージがしっかりある国だって構想の中にある。そのような国でも実際行ってみると、新しい発見の連続なのを知っているからだ。
旅をシリーズ化していく上で結構大切にしているのは、他の旅とのバランスだ。思い起こせば、レバノンとモロッコは地理的に全く違う場所にありながらも、何かと共通点が多い国だった。
例えば、イスラム教徒の国であること。フランスの影響を受けていること。運転がマナーがかなりやばいこと。乾燥した気候であること。
「3回目となる今回は、思い切って真逆のタイプの国に行こう!」
と提案したのは俺だった。要するに、イスラム教の国ではなく、フランスの影響を受けておらず、運転マナーがとても良くて、乾燥していない気候であること。それらを総合してイメージしてみると、真っ先に頭の中に北欧の風が吹き始めた。
世界三大ウザい国のモロッコ(失礼! でもそれが旅の正直な感想なのだ)とは対照的に、口数が少ない人々。フランス人などに比べると繊細な気質。清涼感がありそうな気候と、日本以上の運転マナー。そうだ。北欧に行こうじゃないか。『へ? 似合わね〜!』と言われようがなんだろうが、行こうじゃないか。
北欧といえば、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ブリテン諸島、バルト3国、そして、ひときわ異彩を放つアイスランド......。
そうなのだ。このアイスランド、小学生の頃からずっと気になって仕方なかった国なのだ。小学生にとって、アイスランドという地名はインパクトが強すぎる。実際、我が家の向かいに住んでいるケイタ(小学1年生)に、
「アイスランドに、アイスクリームの山を滑りに行ってくるよ!」
と伝えると、興奮のあまり、叫びながらそこら中をダッシュしていた。
というわけで(?)、あっさりアイスランド行きを決め、あっという間に出発の日を迎えたのだが、例によって、俺たちはアイスランドのことを何も知らなかった。知っていることといえば、地図上の白い島(南極大陸、グリーンランド、アイスランド)の中で一番小さいところだということ。あとは、度々話題になる火山のことくらいだろうか。
躍動する大自然と、繊細な北欧文化。それ以外に何も知らないけど、実際に行ってみなければ何もわからない。スキーは多分(?)できると思う
少し調べてみると、この国の面積は北海道と四国を足した面積にぼぼ等しく、人口は旭川市と同じくらい。人口のほとんどが首都レイキャビックに集中しているので、乱暴に言ってしまえば、その他にはほとんど人がいないのだ。
人口密度スッカスカの大地には躍動する火山があり、その恩恵で温泉が湧き、豪快な滝が無数にあり、荒れ狂う豊かな海があるという。そんな大自然に翻弄されながら、果たしてどんなスキーができるのだろうか......。
飛行機が着陸態勢に入った。窓の外を眺めると、夕焼けに沈んだ凍てついた大地を見下ろすことができた。モロッコ行きの飛行機からはサハラ砂漠を見下ろしたが、今度は白一色の広大な氷床だ。スキーを背負ってわざわざ遠くまで来たという、ほとんど誰にも理解してもらえない喜びが、じわじわと湧き上がって来た。
世界で一番平和な国
雪の白と、溶岩の黒、鉛色の海と灰色の空。冬のレイキャビックは、モノトーンに包まれた街だった。そんな中、パステルカラーの可愛い家々が、まるで花のように咲いている。街の様子を眺めながらのんびり走る、鈍足運転の俺たちの白いレンタカーを急かしたり、クラクションを鳴らしたりする車はない。
パステルカラーの可愛らしいレイキャビックの街並み。殺風景な冬に少しでも温かみを感じる生活の知恵なのだ
街の中心にある入江では、警察官が呑気にカモに餌をやっていた。アイスランドは、世界中で最も平和な国と言われている。殺人事件なんて、1年に一度あるかないかで、警察は暇をしているのだ。そんなわけで、アイスランドの警察は、拳銃を携帯していない。
「やっぱり、平和っていいよな〜」
レバノンで味わったカーチェイスのような交通事情と、クラクションのオーケストラとは全く正反対の世界だ。レバノンとアイスランドは、本当に同じ地球上の国なのだろうか。
しかし、一つだけ困ったのは、イスラム教の国特有の「酒が手に入りづらい状況」からようやく解放されると思っていたのに、1989年までビールが禁止されていたというアイスランドは、未だに酒屋の数が少ないうえ、夜間や日曜日は営業していないというバッドニュースだった。スキーで忙しい俺たちは、酒屋に行く暇がなかったので、免税店であらかじめ買っておいたビールで命をつなぎながら、翌日のスキー滑走に備えるのであった。
レイキャビック近郊のスキー場で、軽く足慣らしのつもりが、うっかり朝から晩まで一日中滑りまくってしまった。
「近郊の小さな山に、こんなに素晴らしい斜面があるなんて!」
と俺たちは大いに感動し、これから向かうスキーセクションのメインとなる北部への旅に期待を膨らませていた。
アークレイリの街のすぐ裏に広大なスキー場が広がっている。真冬には山頂から街まで標高差1,200mを滑ることができる
レイキャビックの中心地から車でわずか30分で大雪原に浮かんだ島のようなスキー場へ。まるで「雪の惑星」のような景色だ
スキー場脇を滑って、この雄大さ。アイスランドのスキー場は、まさに「ワイルド」という言葉がぴったりだ
アイスランド一周のロードトリップに出る前に英気を養おうと、俺たちは世界で最も大きな露天風呂で有名なブルーラグーンに向かった。普段からスキーと温泉がセットのスキーライフを日本で送っている俺たちは、
「ちょっとひとっ風呂浴びていこう」
と、手ぬぐいを1枚肩にぶら下げて施設に入るや否や、レセプション前で硬直してしまった。
「......ケイ、どうする?」
驚いたことに、日帰り入浴の最安プランが、5,000円もするではないか。これにバスローブやタオルなどのレンタルセットや食事をつけると、おひとりさま1万円な〜り〜。固まっている俺たちを横目に、他の利用者は一番高いプランでどんどん入場していく。モロッコでは、為替の関係でリッチな気分を味わうことができたけど、アイスランドに来てからというもの、わずかな小遣いをやりくりしていた中学生時代に戻った気分だった。
それにしても、これは上手い商売だ。世界一というブランド力と、わざわざ遠くから来た人の心理を巧妙に突いた『せっかくだから商法』だ。貧乏人の俺たちが『せっかくだから入場』したのだから、この施設は未来永劫に繁盛していくことだろう。
世界一デカい露天風呂で有名なブルーラグーンにて。気持ち良さそうに見えるが、一度入るとぬる過ぎてなかなか出ることができない
しかし『高い金を払わされた』という猜疑心がいっぱいでケツの穴が小さな俺たちは、いちいち施設のダメ出しをしてしまい、全く楽しむことができなかった。金を払った以上、せっかくだから楽しめばいいのに。
ターコイズブルーの美しい大浴場は日本人として耐え難いほどぬるく、すっかり湯冷めして、最後に浴びたシャワーが一番気持ち良かった。お陰で、この国で唯一と言っていいほどの文化的な街・レイキャビックを離れて、荒々しい大自然に飛び込んでいく決心がついた。
レイキャビックをスタートしてわずか30分。国道なのに、ほとんど対向車がいないのには驚いた。中学生の地理の教科書に載っていたU字谷の見本のような地形の底に一本の道がゆったりと蛇行して、遥か彼方まで続いていた。
エネルギッシュすぎる大自然
「......これって結構やばいんじゃない?」
稲川淳二の怪談話のような声のトーンでケイが言った。
「う〜ん、なんとかなるでしょ」
俺は少しでも平常心を保つために、あえて楽天的ムードで話すように努めた。本当にやばい状況になった時、パニックになる人と、妙に冷静になる人がいる。どうやら俺たちは後者のようだ。
アイスランド北部の街・アークレイリでのスキー滞在を終えて充足感たっぷりの俺たちは、天気予報も見ないで次なる目的地となる東部フィヨルドに向けてロングドライブを開始した。しかしその1時間後には、猛烈なブリザードが容赦なく叩きつけていた。
何も遮るものがない吹きっさらしの道を、20m間隔で道路脇に立っている黄色のポールだけを頼りにして、もう2時間以上走り続けてきたのだ。何度も引き返そうか迷ったけど、Uターンできる場所がどこにあるかも見えず、道路でUターン中に後続の車に追突されることを恐れて、止むを得ず進んできたのだった。
一度荒れ始めると、人間の力ではどうにもならない大自然。現地の人々は、自然の猛威に警戒しながら生活しているのだ
それにしても、この2時間、立ち寄れる店はおろか、民家さえ見かけなかった。その時、道脇に小さな標識が見えた。
「エイイルススタジルまで......あと200km?!」
俺たちの車は、相当頑張って時速20kmで走行中だ。少なく見積もっても、あと10時間もこのブリザードの中を運転しなければならないのだ。何年か前、道東で起きた猛吹雪による遭難事故を思い出した。あの事故は、自宅の近所で車が雪にはまってしまい、すぐそこにある知り合いの家に避難しようとした親子が方角を見失い、車にも戻れず、亡くなってしまったのだ。
アイスランドではたびたび「神隠し」が起こるといわれているが、それはきっと今、俺たちが置かれているような状況で行方不明になった人々なのだろう。時折吹き溜まりに突き刺さり、フロントガラスに波のように雪が覆いかぶさる。何度も「ここまでか......」と思った。
人間は究極の状況に置かれると、奇妙な精神的境地に達することがある。そもそも、神経を研ぎ澄ました運転を10時間も続けることなど不可能だ。どうせ頑張って見ようとしても見えないのだから、無駄な頑張りは必要ないではないか。
俺はハンドルを握る手を緩め、肩の力をダルンと抜き、おまけに顔の筋肉までゆるゆるに緩めて、ぼんやりと前を見つめながら運転してみた。するとどうだろう。急激に運転がスムースになってきて、気がつくと時速60kmで走行できるようになった。永遠に続くかに思えた運転の末に最初の街灯が現れた時は、ワールドカップで優勝したような歓声を上げてしまった。
豊かな自然の美しさと、時に無情な自然の猛威は、表裏一体なのだ。アイスランドの人々が、なぜ自然に対して謙虚で、妖精の存在を信じているかの理由が、分かったような気がした。猛吹雪を運転するうちに、何か結界のようなものを、いくつか越えてきた気がする。こうして命からがら辿り着いたのは、ファンタジー映画に登場しそうな、まさにスキーヤーの桃源郷というにふさわしいスキー場だった......。
このスキー場のことは......
フォトブックを買って読んでちょーだい!
ICELAND
“RIDE THE EARTH Photobook 03”
著者:Skier&Text: 児玉 毅/Photo: 佐藤 圭
判型:210×270mm/116頁/定価 2,000円(税抜)
ISBN 978-4-903707-63-1
発売日:2015/10/30
旅の終わりに 〜いちばん楽しい瞬間〜
「いや〜、今回は滑ったね〜」
今まではスキー1割・旅9割だった比率が、地球を滑る旅も3回目にして、スキー3割・旅7割くらいまでスキーの割合が上がった。
苦労して雪にたどり着く過程が好物とはいえ、やっぱりたくさん滑れると楽しいのだ。島をぐるっと回ってきたレンタカーは、黒々とした溶岩の大地が広がる南部に差し掛かった。車窓には、豪快に飛沫をあげる瀑布が映り、氷河から海に流れ出した無数の氷塊が青白く光っている。ごく小さな島だと思っていたけれど、大自然のエネルギーがむき出しの島だ。
豪快な瀑布が猛烈な風で吹きとばされていた。アイスランドの自然は、シンプルで力強い
- 氷河から海に流れてきた氷塊が、無数に海岸に打ち上げられていた。まさにアイスランドだと思った
- 廃船や使い古した漁具などを利用して作った公園。そこに力強く書かれたFREEDOMの文字は、妙に説得力があった
ブリザードでも痛い目に逢っている俺たちは、ゆっくりと景色を楽しみながらドライブする心境にはなれず、平均時速130kmでレイキャビックをめざしていた。旅も終盤に差し掛かると、運転していても、食事をしていても、散歩をしていても、必ず出てくる話題が、次の旅先だ。この旅の一番の醍醐味は、もしかして、次の旅先を考える時のワクワク感なのかもしれない。
「そろそろ、あそこに行ってみる?」
と俺が少し真顔で言うと、ケイは固唾を飲んで、
「行っちゃう?」
と返した。
地球を滑る旅の構想が持ち上がった時、真っ先に目的地の一つに上がった場所。そこは地上の楽園と呼ばれている一方、世界で最も危険なエリアの一つと言われている。そんな相反する2つの顔を持つヤバそうなエリアに、物凄いスケールのスキー場があると言うのだ。行きたいとか、行きたくないではない。スキーヤーとして、一度は必ず行かなければならない。次の目的地は、そこだ。
Snap Shots
- スキーを背負ってアークレイリを街ブラ。モロッコやレバノンの時と違って、スキーの格好で街を歩いていても違和感がない
- 宿について1時間もすれば、部屋は生活感いっぱいになる。荷物が多いだけに、できればもう少し広い部屋に泊まりたいのだが......
- アイスランドの人々は、本気で妖精の存在を信じている。自宅の庭には、妖精のために小さな家を置いていたり、可愛い表札なども
- レイキャビック近郊のスキー場で、あるスキークラブのロッジに迷い込んだ。クラブのオーナーは日本から来た俺たちを歓迎してくれた。世界中のスキーヤーはみな兄弟なのだ
- どんよりとした空に、教会の赤い屋根と、青赤の国旗が良く映える。天気が悪い時に映える色、映えるシルエットなのだ
- アイスランドのお土産は、日本人女性に好まれるものが多い。しかし、高い! モロッコでは数百円で可愛い雑貨を買えたのに、アイスランドでは軽く1万円越え
- スキー場じゃなくたって、半島全てが全てスキー天国。斜面を探す→滑るの毎日だ。(アークレイリ近郊)
- 北部フィヨルドから内陸へ少し入ると、いたる所にアミダクジのような斜面が......。(アークレイリ近郊)
- しばらくアイスランドにいると、俺たちまで、「本当に妖精がいるかも」と思うようになってきた
- ブリザードに飲み込まれ、命からがら辿り着いた宿のオーナー。「遠くからよく来たね」と満点のホスピタリティで迎えてくれた
- 街の中心地に、ちらほらとスキーのテイストが存在する。下手な看板立てるなら、街中にこんなベンチを置いた方が、よっぽど宣伝になるかも
- 歩行者用信号機の赤信号がハートマーク! こんな信号なら、待ってもいいかなって気になる。北海道の赤信号も、全部ハートマークにすれば良いのに
(地球を滑る旅 No.3 アイスランド特別編 完)
ICELAND
“RIDE THE EARTH Photobook 03”
著者:Skier&Text: 児玉 毅/Photo: 佐藤 圭
判型:210×270mm/116頁/定価 2,000円(税抜)
ISBN 978-4-903707-63-1
発売日:2015/10/30
地球を滑る旅 Akimama特別編/そのほかの旅
- 文と滑走=児玉 毅(こだまたけし・左)
プロスキーヤー/冒険家/フィールドライター
1974年 北海道札幌市出身。19歳の時、三浦雄一郎&スノードルフィンズの門戸を叩く。1999年(25歳)のアメリカスキー旅行を皮切りに、マッキンリー、グリーンランド、ヒマラヤなど世界の山と辺境の地を訪ね歩いてきた。Facebook:takeshi.kodama.735 - 写真=佐藤 圭(さとうけい・右)
フォトグラファー
1972年 北海道札幌市出身。写真好きが昂じ、勤めを辞して撮影の旅へ。以来、スキーやスノーボードの撮影を中心にアクティブなフィールドワークを重ねている。2009年からは北海道上富良野町に拠点を移し、バックパッカー式の宿「Orange House Hostel」も運営。