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【アウトドア古書堂】アウトドア古書堂、開店です! 時代を越えて自然派人間にガツンと響く、絶版アウトドア書籍を掘り起こします。さあ、古本屋を巡ろう!
2020.04.08 Wed
大村嘉正 アウトドアライター、フォトグラファー
いまから20~30年前、登山だけでなくアウトドア全般や自然を語る本が盛んに出版されていました。人と自然の関係について思考を刺激し、行動を導く名著も多かった。そのほとんどが絶版ですが、不景気に覆われ忖度が蔓延する「縮んだ世相」のいまだからこそ読まれるべき作品は少なくない。そんな価値あるアウトドア古書を紹介していきます。
■今月のアウトドア古書
人生を自分のものにしているアウトドアピープルのアンソロジー
『彼女のアラスカ』
豊かな人生とはいったい何か? 答えは人それぞれだろうが、「はたして自分は主役なのか」は問うべきもののひとつだろう。誰かのわき役、下働き、歯車……知らぬまにそうなってしまう日常において、どうすれば一時でも主役になったと、人生を自分のものにしたと実感できるだろうか。
29年前に出版された「彼女のアラスカ」。当時20代前半の迷える俺に、かなりつきあってくれたようだ。
そのヒントがこの本にある。収められているのは米国の老舗アウトドア雑誌『Outside』に掲載された14のルポルタージュやエッセイ。どれもがアウトドアスポーツや自然に関わる人々の物語で、大海原を進む小さなヨット、波の聖地、世界有数の大渓谷、エコ住宅の建築現場、自然の開発または保護の論客など、選ばれたテーマは多岐にわたる。
そこで綴られる文章から浮かび上がるのは、いろんな「これが私、私の生きざま」だ。
そそるタイトルがならぶ「彼女のアラスカ」目次。
そのなかには日本人になじみのない人生もある(逆に「こんな生き方もあるのか」と心の地平線は広がる)。しかし多くは「ボーイスカウトの指導者の思い出(“中年男のボーイスカウト体験記”)」といった、よき市民生活を送る人々の日常、またはその日常をちょっと飛び出した「人生外伝」の断片だ。30時間に及ぶ山岳レースに挑戦する男たち、凍傷で足を失いながらもロッククライミングを続ける青年、ダム建設に反対し中止に追い込んだ川下りガイドといった、「小さな世界で知られ、一般的には無名」の人たちといっしょに、読者は世界各地の自然、多様な価値観や文化、興味深い人生を旅していく。
ひとりで立つだけでも主役になれる、それが「自然」というもの。
そして見えてくるのが、「自然に深く関われば、ドキュメンタリーの主役になる」こと。しかも、自然とアウトドアレジャーは多種多様な主役の席を用意している。経歴は不問、トップクライマーや冒険家にならなくても、著名なナチュラリストでなくても大丈夫。ふつうに市民生活を送りながら、自然とのあいだに何かつながりを見つけ、それを育てていけばいい。
もちろんこの本の登場人物は、そんな「勝利の法則」的マニュアルを知っていたわけじゃない。ただ好きで楽しくて前進したにすぎない。そして、満たされた気分(他人がどう思うか知らないが)を手に入れる。
俺の知り合い(熟女の主婦)はほとんどひとりで荒れ地を整え、隠れ家を造り、人生をものにした。
表題となった『彼女のアラスカ』では、主人公の女性ブッシュパイロット(依頼で山岳氷河や原野に飛ぶ辺境飛行士)がこんな言葉でストーリーを締めくくっている。
———「何年も前のことだけど」と彼女は言う。「私はたぶん結婚しないし、子どもも持たないだろうって思ったの。そのかわり赤ん坊のような飛行機と、自分が所有する定期航空路を持つようになるだろうってね」———
人生を自分のものにするとは、まさにこういうことなのだろう。
彼女のアラスカ ——ベストアウトドアコラム——
1991年9月17日第一刷発行(現在絶版)
著者 バリー・ロペス他
発行所 東京書籍株式会社
本体価格(出版当時) 1,748円(税別)