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『CHANGE 山岳ランニング世界王者 上田瑠偉』から山岳ランニング世界王者 上田瑠偉の強さを探る
2020.05.19 Tue
2014年、「日本山岳耐久レース(ハセツネCUP)」で大会新記録かつ最年少での優勝という快挙を成し遂げた上田瑠偉。その後、主要舞台を国内から海外へとシフトし、2019年、ついに山岳ランニングの世界シリーズ戦「スカイランナー・ワールド・シリーズ」の年間総合王者に上り詰めた。それは当初目標としていた2022年より、ずっと早い実現だった——。
「すべてはつながっている」(上田瑠偉)。どんなに険しい道も、応援やサポートなど、すべてを力に換えて走る。世界一応援が熱い、といわれる「ゼガマ」大会にて。写真=藤巻 翔
本書は曼荼羅をモチーフとした「マンダラート」と呼ばれる目標実現ツールを使い、彼の強さと進化の原動力を探るものである。マンダラートとは縦横各3マスからなる正方形の中心に目標を掲げ、周囲の8つのマスにその達成に必要と思われる要素を配したもの。さらに各要素についてもまた実現に向けた8つの要素を考え、実践してゆく。ともすれば漠然としがちな目標達成へのプロセスを、可視化、指標化することが狙いだ。
3年前、上田はそのマンダラートの中心に「山岳ランニング世界王者」という目標を掲げる。そして周囲には「トレーニング」「精神」「食事」「サポート」などの要素を埋めていった。
ところが各要素を構成する個々のマスを埋める段になると、これが思いのほか難しい。競技に直結する「トレーニング」「休養・ケア」などの要素はいくつも思いつく。反面、「サポート」「アスリートとしてのブランディング」といったものはなかなか8つが埋まらない。しかし、これらはプロアスリートとして活動を続けるうえで不可欠となるものだ。様々な角度から自分を見つめ、考えを絞り出し、取捨選択するなかで、自分に過不足しているものを明確化してゆく。
「マンダラート」は曼荼羅をモチーフとした目標実現ツール。中心に掲げた目標の周囲に、その達成に必要な具体的要素を8つ配置する。さらにその各要素の周囲にもまた、クリアに必要なより詳細で具体的な要素を8つ考えて配してゆく。画像は本書より。
一方、読者もまた、マンダラートというツールを介することで、上田瑠偉の強さの秘密や人物像を多方向から知ることになる。そこには戦略や弱点などアスリートによってはあまり公表したがらない内容や、家族や住環境などプライベートな部分も含まれている。よくここまで自分をさらけだしたとも思えるほどだ。上田は「スカイランニング界のレベルアップにつながれば」と語っているが、この世界を長年取材してきた著者との信頼関係があるからこそとも言えるだろう。
本書の最後を締めくくるのは、想定より早く目標を達成した上田が作成した新たなマンダラートである。それは通常のマンダラートをさらに9倍にした729マスからなる巨大版。中心に書き込まれた目標は「人生を豊かにする」。「世界一の山岳ランナーになる」はそれを実現するための8分の1の要素にすぎない。では残りの7つは……。
上田瑠偉のファンやトレラン愛好家はもちろん、人生の目標を見つけられないまま悶々と日々を過ごしている人にも読んでもらいたい一冊である。
(文=長谷川 哲)
『CHANGE 山岳ランニング世界王者 上田瑠偉』
著=山本晃市、写真=藤巻 翔
枻出版社
1600円+税