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アウトドア系同人誌のススメ【登山編】 お気に入りのサークル、お気に入りの1冊を見つけよう
2020.06.17 Wed
鈴木純平 ライター、編集者、同人作家
前回は電子書籍で楽しむ同人誌を紹介しましたが、今回は再び紙の同人誌を紹介します! ぶっちゃけ、いまはまだ電子書籍化されているものも少ないですしね。
そもそも同人誌は増し刷りされることは少なく、イベントに合わせて1回ポッキリしか印刷されないものが大半。なかには即売会でしか販売されないものがあるので、マニアたちは鬼の形相で会場内を買い回りますし、同人誌委託書店でも「いま買わなきゃもう買えないかもしれない」という強迫観念にかられ、僕たちは日々蒐集(しゅうしゅう)しているのです。
僕がやっている同人サークルは既刊在庫を大量に持っていたりしますが(笑)、基本的に人気の本はすぐに絶版になってしまいます。『ヤマノススメ』の同人誌版もそうでしたね。
いちぬるヲタの個人的推察ですが、絶版になりやすいという性質と、個人発信の自由な切り口、作家が選んだ紙質や装丁などなど、さまざまな理由が同人誌コレクターの収集欲を刺激しているのだと思います。
それでは売っているときに買えなかったら永久に買えないのか? というと、じつはそうでもありません。本をつくっているサークル側から歓迎されないので大っぴらには言えませんが、もし誰かが手放していれば中古で買うことができます。インターネット上ではオークションや「駿河屋」をチェックし、実店舗なら「まんだらけ」「らしんばん」「K-BOOKS」といった中古同人・アニメグッズショップの棚をディグれば絶版になった1冊に出会えるかもしれないのです。
登山雑誌とちがう視点が魅力の、登山関連同人誌3選
さて、今回のテーマは登山。登山好きなAkimama読者のみなさんに気に入っていただけるであろう、選りすぐりの3冊を紹介させていただきます。
1、ヤマノ温泉へススメ vol.3
サークル名:DAIさん帝国 / 作家:DAI
登山と温泉という明確な2本柱を持った同人誌シリーズ『ヤマノ温泉へススメ』。2019年冬に発行されたvol.3では、立山から劔岳をへて黒部へ抜ける3泊4日の縦走温泉旅の模様がレポートされています。
同サークルはこちらのシリーズを発表する前から『温泉ヒルクライム』という自転車と温泉をテーマにしたシリーズも出されていて、温泉+アウトドア・アクティビティという最高に気持ちのいい取り合わせを提案しているのです。登山の帰りに入る温泉は昇天ものですが、歩いてしか行けない秘湯の温泉もまた極楽でしょうね。
同人誌を評する上でもっとも陳腐な表現になってしまいますが、コレはまさに雑誌顔負け。うつくしい写真と詳細でわかりやすいルート説明。登山記としてのストーリーのなかに各セクションの解説が盛り込まれていて、楽しく読み進められます。デザイン、写真、文章。これをひとりでつくっているとはかなり器用な人なんでしょうね……。
本文でしっかりと語られる構成で、読み応えがあります。全24ページというのは雑誌にしたら薄いですが、特集と考えたらかなり骨のある内容と言えるでしょう。
“登山” を目的とした登山でなく、“温泉” を目的とした登山。著者の楽しい山行が誌面から伝わってきます。
2、山に登っています vol.4
サークル名:下山部 / 作家:下山部 主筆、編集担当(ぶな)
“非日常に身を置き、汗をかく「登山」はそれ自体も楽しいのですが、それ以上に、下山直後の一杯のコカコーラにこそ、私は登山の意義を感じるのです。”
(同誌より抜粋)
「下山部」とは「下山するための登山」を嗜好する同人サークルで、初心者~中級者向けの楽しい登山情報を発信しているようです。
vol.4の特集は「誰かを誘って、一緒に山へ。」ということで、下山部 主筆さんが山に興味のある友人を連れて登山に行くという内容です。掲載内容としては白馬岳でのテント泊登山と、武甲山の日帰りハイキング。連れていった側と連れていかれた側、双方の山レポが書かれているのも、ほかにない視点かと思います。
趣味の同人誌のおもしろいところは、やはり筆者のパーソナルな部分が見えるところ。雑誌には政治的ななにかがある場合もあるので、私的な好みが排除されることもあります……。この著者は山の楽しみのひとつにアニメ鑑賞をあげたり、とにかく下山したときのコーラに並々ならぬこだわりがあったりと、人となりが見えてなんだか親近感が湧いてきます。
メインコンテンツのほかに、だれかを誘って登りたい山の紹介や、著者が買ってよかったアイテムの紹介、山岳会についてのコラムなど小ネタも。誌面デザインも洗練されていて、気づいたらあっという間に読破してしまう充実の24ページです。
3、三者山様 vol.1
サークル:山楽同志会 / 編集:本多たかし、下山部 主筆、ぶな
同人誌の世界では、複数のサークルや著者でいっしょにつくった本を「合同誌」と呼んでいます。感覚としては2次創作の漫画やイラストの合同誌というのが割合多いですが、こちらは「山好きの合同誌」。コミックマーケット93で頒布されていて買ったのですが、64ページにわたる、しっかりとした山の同人誌はエポックメイキングなものでした。
初心者から経験者まで幅広い読者が楽しめる内容で、日帰りハイクからテント泊、冬山アルパインとスタイルもさまざま。山岳ガイドブックというよりは、この山ではどんなことが楽しかったのか? という体験を共有してくれるものとなっています。総勢24人が見開きごとにページを担当し、それぞれの登山記を掲載。参加されているのは同人誌界隈の人のみならず、山好きなクリエイター、アウトドアズマンの方々です。
ちなみにこれは僕の体感ですが、登山の同人誌をつくる人々はキャンプの同人誌をつくる人より熟練度が高い人が多い気がします。ページ毎に毛色のちがう合同誌らしい内容で楽しませてくれる一方で、編集がすばらしく統率の取れた内容となっているので読みやすいです。また、山で撮られた写真はどれもうつくしくて登山への欲求を掻き立てます。
同人誌版は絶版となってしまったようですが、BOOTHにてダウンロード版(PDF)を購入可能。続編お待ちしています。
終わりに
今回はいかがだったでしょうか?
紹介させていただいた3冊はどれも雑誌に引けをとらない、クオリティが高いものばかりでした。正直、同人誌のなかでもこんなにクオリティが高いものは多くはありません。全部がこのレベルだと思って同人誌を買うと痛い目に合うのでしょう。
しかし、同人誌の魅力はクオリティとイコールではありません。この世のなかには毎月何冊も山岳雑誌が発刊されていますし、先人たちが残した書籍もたくさんあります。クオリティを求めるなら絶対に商業誌を買ったほうがいいです。
そう、登山同人誌の魅力は、独自の切り口や、個の見える文章、登山記としてのストーリーにあります。山岳雑誌の愛読者の人もこれをきっかけに、同人誌を手に取ってみませんか?