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【アウトドア古書堂】出版当時にSNSがあったら問題作かも!? 炎上上等な歯切れのよさに、心の地平線が広がっていく。
2020.08.26 Wed
大村嘉正 アウトドアライター、フォトグラファー
絶版、しかしいまだからこそ読まれるべきアウトドアの書をラインナップする「アウトドア古書堂」。今月の本は、いまの世相になじめぬ人へ。
■今月のアウトドア古書
大御所アウトドア作家の人生相談。
『本日順風』
川をテーマに、爽快で、ときには自然破壊など社会問題にも切り込むエッセイや冒険記をたくさん発表してきた野田知佑さん。彼の作品では異色なこの本、副題のとおり「野に往く者の身の上相談」である。
初出は雑誌『Outdoor(山と溪谷社刊)』1992年105号~1995年7月号。当時この連載は、世間に居心地の悪さを感じる人や、「ここではないどこか」を求める人を刺激し、人生を前に進めるヒントになったものだった。
あれから四半世紀。この本は色あせるどころか、いまだからこそ頼れる存在になっている。
野田さんの著書の一部。わが家の本棚にはこの3倍ぐらいある。
掲載された相談や質問は146件で、その約4割がアウトドアのノウハウについて。「カヌー初心者向けの川は?」「魚の手づかみのコツは?」のような正統派(?)もあるが、一歩さきをゆく相談も多い。たとえば「砂金掘りで暮らせるか?」「社会主義国でのツーリングカヌーの注意点は?」。こんなの、ほとんどの人には無縁な悩みだ。しかし、世間の普通や思い込みをぶっ壊す野田さんの解答は痛快。読者は新たな視点を手に入れ、世界のひろさや物事の側面を知ることになる。
『本日順風』の目次。
そして、これも約4割を占めるのが人生や社会、政治、自然についての相談。なかでも野田さんを熱くするのが「破壊と妨害と管理」についてだ。それはある意味、時代を映したものだった。
当時、1990年代のはじめ、日本ではカヌー(カヤック)が普及し、ちょっとしたブームになっていた。どんな世界でも新参者が入ると波風が立つ。それまで川を独占してきた人々との摩擦、新しい存在が巻き起こすことに苦い顔や反発をする世間……誕生して数年の日本のカヌーイストらは、いろんな干渉を受けることになった。
たとえば、こんなふうに。カヤックで事故が起きると「免許制にせよ」という声が広がる。増水気味の川を下ろうとすると、地元民が通報し、警察が「中止せよ」と迫る。釣り師からは「おれは入漁料を払ってる、カヌーで通るな」と石を投げられたりもする。
いまでは激流下りのメッカとなった四国吉野川の大歩危小歩危。しかし、四半世紀前には、あまりいい顔をしない地元民も多かった。
また、カヌーイストが遊ぶ川も「破壊と妨害と管理」にさらされていた。「海まで自由に流れる本州唯一の一級河川」長良川をはじめ、日本各地にわずかに残った「最後の清流」にとどめを刺す「ダムや堰」の建設計画が目白押しだったのだ。
この本で野田さんは、アウトドアにおけるあらゆる規則、制度への反対を表明している。われわれの頭の中にある、人間としての良識に従うことで充分だと。そして、自分の経験を交えてアドバイスを送る。川にせよ人生にせよ、自由を妨げ、管理しようとするものに、どう対処し、ケンカしていくのかを。
豊かな生態系をはぐくみ、ヤマトシジミやスジアオノリなど川の幸を届けてくれる四国吉野川の河口干潟。約20年前、河口堰の建設計画で危機を迎えていた。
さて、残りの約2割の相談だが、なかには相談者が青くなる返答もある。
「野田さんみたいにアウトドア仲間がいるのはうらやましい」という若者には「ダラシない」と叱責。「自分の強い主張や好みを持っていれば、なかなか友人ができないのは当然」と説く。
「みんな平等で、いろんなアウトドアを楽しめる野田共和国みたいなのを作ってくれたら参加したい」という人には、君臨する人間をわざわざ置いてその下で人まかせの判断で遊ぶとはなにごとかと全否定。きみのような人が増えるとヒトラーのごとき輩が現れ、専制国家ができるだろうと警笛を鳴らす。
「野田さんみたいな気ままな川旅をみんながすると、事故が起きたり川原が汚染されるのでは」には、きみは他人が楽しんでいるのを許せないタイプだな、それに〈気まま=無軌道で奔放で身勝手〉と認識する無教養人間だろうとぶった切っている。
夏の四万十川にて。日本でカヌーが普及したのは、野田さんの文章のおかげだろう。
この本はつまり、ただの人生相談にあらず。「小さな正義」「教条主義」「一見正論」「権威頼みで『個』がない人間」などに邪魔されたときの備えであり、個人の尊さと自由を手にするための道標なのだ。これってまさに、いまの時代に必要だと思いませんか?
本日順風
1996年10月2日初版第1刷発行
著者 野田知佑
発行所 株式会社地球丸
本体価格 1,359円(税別)