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【アウトドア古書堂】ナショナルジオグラフィックでも活躍中のジャーナリストが贈る、恐ろしげだったり、奇妙だったり、非凡だったりする生き物たちの物語。
2020.11.27 Fri
大村嘉正 アウトドアライター、フォトグラファー
絶版、しかしいまだからこそ読まれるべきアウトドアの書をラインナップする「アウトドア古書堂」。今月は、自然界の生き物を深く観察したくなるエッセイ集だ。
■今月のアウトドア古書
自然は気味悪く、すばらしい
『ちょっと気持ち悪い動物とのつきあい方』
「われらホモサピエンスの頭脳はつねに新しさを求めている」という説がある。ここにないなにか、つまり新奇を求めて人類は移動し、発見し、発明してきた。世界に分布し、文明を発展させてきたのだ。ゆえに目新しさへの執着は強く、巨大な消費社会になったのだという。
それが真実ならば、持続可能な社会の実現は途方もない。モノを増やさずシンプルに暮らそうとしても、われらは物欲の本能を抑えられるのか……。生き物の不思議について、アカデミックでありながら楽しく読める内容。取材対象のセレクトもすばらしい。
解決策は過去にある。新商品がいまよりもずっと少なかった時代、人々は目新しさへの欲求をなにで満たしたのか。「ちょっと気持ち悪い動物とのつきあい方」の序章から想像するに、そのひとつは「ゆがめられた自然観」だったようだ。
序章では、3世紀ごろのローマ市民で自然史家だった「ガイウス・ユリウス・ソリヌス」の業績を話のエンジンにしている。彼の著書「Collectanea rerum memorabilium(著聞集成)」はその多くがプリニウス(ローマの百科事典編集者)からの盗作で、内容は荒唐無稽なものばかり。「マスチフ犬ほどもあるアリ」「サソリの尾と人間の顔を持つ残忍なライオン『マンテイコラ』が人間の肉をむさぼり食っていた」などという、読むには後ろめたい物語をソリヌスは編纂(かなりの脚色も)した。それなのに彼は熱心な読者を獲得し、博識あふれる語り部として知られ、その評価は約千年間も持ちこたえたという。人々の、未知で奇妙でおどろおどろしい自然への欲求は、論理と理性を超越するらしい。「ちょっと気持ち悪い動物とのつきあい方」の目次。
しかし、いまは空想と伝聞と脚色ではなく、事実の発見と調査と研究の時代。ソリヌスを超える驚異の物語が「実在する生き物」にはあるのだと著者リチャード・コニフは語る。そして綴られていくのが16編のエッセイだ。
この本には、パンダやイルカ、森の賢者たるゴリラなど、歓迎したいスターな動物はいない。登場するのは、ありふれているがよくわからない(モグラ)、なんだか忌み嫌われている(イタチ)、触れあいたくない(ヤマアラシ)、ときに猛獣に切り裂かれていた古代の怯えを呼び覚ます(グリズリー)などだ。身近な自然での驚異、その1。庭の花壇で弱肉強食。カマキリの顔はガの体毛にまみれた。
そんな、えもいわれぬ感情をいだかせる生き物をリチャード・コニフは取材していく。そして、「ちょっと気持ち悪い動物」への世間のイメージには誤解と偏見と思い込みが少なからずあり、実際はこうなのだと、彼らの代弁者のように筆舌を尽くしていく。
たとえば、洞窟の天井にひっそりとぶら下がっているイメージのコウモリだが、温暖な季節には毎晩体重の約半分の昆虫を捕らえて食べるとか、アユを貪ると釣り師から目の敵にされているウは、1日約30分真面目に漁をすれば生きられる、などだ。そして、モグラはミミズを生きたまま団子状に丸めて貯蔵する、ある種のサメは子宮の中で兄弟を食べてしまうなど、不気味とささやかな恐怖を与えてくれるエピソードもぬかりなく織り込んでいる。身近な自然での驚異、その2。今日の、ウが真面目に漁する30分。
また、著者は生き物に深く関わる人間の姿も追っている。絶滅寸前の海鳥(バミューダミズナギドリ)を復活させるために、島の生態系を丸ごと復元していく男。「新世界の熱帯地方に生息する四千種の鳥をほとんど鳴き声だけで識別できる」など非凡な能力を発揮しながら、危機の森になにが残されているのかを短期間で調査し、保護区設立に奮闘する科学者たち。彼らは浮世離れしていたり、狂気じみていたり、頑固な単独行動者だったりするが、その人生は輝いている。身近な自然での驚異、その3。わが家で寿命が尽きたチョウ。
どうやら、目新しさを求める本能を、物欲ではなく、森羅万象に向ければ、よい流れに乗れそうだ。身近な、たとえば自宅の庭や近所の藪でも、生き物の新奇な表情はある。どこに目をつけてどのように深掘りすれば楽しめるのか、この本を読み解けばいろんなヒントを見つけられるだろう。身近な自然での驚異、その4。家の前の川でミサゴの狩り。ミサゴは羽を広げると約180cm。狩られたのはボラ。
著者のリチャード・コニフはアメリカ出身。邦訳出版された著作のほとんどが自然史のため「ネイチャーライター」と評されるが、ジャーナリストとしたほうが正確だろう。『National Geographic』ではモナコ公国や気球レースなど、生き物以外の記事の執筆も少なくない。念入りな取材と深い洞察力に加え、連発するウイットで読者を楽しませている。
ちょっと気持ち悪い動物とのつきあい方
2000年3月14日第1刷発行
著者 リチャード・コニフ
訳者 長野敬・赤松眞紀
発行所 青土社
本体価格 2,400円(税別)