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【ユーさんの74年_15】中川祐二、74年目のアウトドアノート~都市河川をシーカヤックに乗りお花見ツアー

2022.05.06 Fri

中川祐二 物書き・フォトグラファー

 前回の号、ジジイたちの戸隠スキーツアーから帰って3日後、友人のカヌーイストに誘われてお花見ツアーに出かけた。われながらアクティブ、よく動くジジイだなとは思う。

 今年は雪がたっぷりあったが、スキーは早く行かないと雪がなくなってしまう、雪質のいい1月や2月はジジイにとって寒さが辛い。3月末というのは日が長くなり道路からも雪がなくなり走りやすい。という訳でいつもは3月末にスキーに行くことが多かった。

 帰ったらもう東京では桜が見頃になっていた。この時期を逃すとまた1年待たなくてはならない。そんな焦りにも似た気持ちでフェイスブックをチェックした。すると目黒川の中目黒付近でシーカヤックとサップ(*1)で遊んでいる奴がいるじゃないか。
(*1)サップ=Stand Up Paddle boardを略してSUP。長めのサーフボードに立ち、パドルでボードの左右を漕ぎ水面を進むスポーツ。このボードの上でヨガをする人たちも。
 しかし、こんなに開花期間の短い桜をこの企画のテーマにするなんてどうなんだろうとは思ったが、日本は細長く、桜前線が北へ抜けるまでにはまだ時間がかかる、あるいは来年のための情報につながるだろうと決めてカヌー(*2)へ行くことにした。
(*2)カヌー=一般的にカヌーといえば、船体の上部がほとんど覆われていないオープンデッキのカナディアンカヌーをさし、漕ぎ手が乗るところ(コクピット)以外はデッキで覆われたクローズドデッキの船はカヤックと呼ばれている。一方でカヌーという言葉は、広い意味で双方を含む場合がある。ここでは、後者の意でのカヌー。

 すぐに横浜でシーカヤック教室や、ガイドをしている友人と連絡を取った。すると3日後に空いてる日があるからいっしょに漕ごうというありがたい返事。まさに渡りに船である。

 彼の名前は糸井孔帥(*3)くん。初めて彼に会ったときご実家はお寺かと思った。それは10年以上も前のことになる。僕が茨城県の大洗町で、14泊15日という子どもたちのサマーキャンプイベントをしていたとき手伝いに来てくれたのが彼だった。東京海洋大学に在学中で直接魚類のことではなく、何やら難しい港湾の勉強をしていたと記憶している。当時はカヤックの経験はほとんどなかったように思う。ましてサップなど当時は見たこともないスポーツだった。
(*3)糸井孔帥=僕たちの仲間での呼び名は”ミーブー”。彼の出身地の名称から僕が名付けた。離島への単独ツーリングから都市河川まで、海でも川でも湖でも神出鬼没なパドラー。

 久しぶりのカヌーで何を持って、何を着て行ったらいいのかしばし考えてしまった。カヌーとは言っても今回はシーカヤックだ。いつも僕はウッドのカナディアンカヌーばかり乗っているので心持ちが違う。カナディアンは、座るシートがやや高い位置なので濡れることはほとんどない。しかしカヤックのシートは低い位置にあり、ちょっと水をかぶると下半身は濡れてしまう。

 カナディアンに乗るときもそうなのだが、好むと好まざるとにかかわらず、カヌー講習会やツアーのガイドをしていると水の中に入らなければならないことがある。だから、ウエットスーツのロングジョン(*4)はいつも履くようにしている。今回もウエットスーツと古いウインドウブレーカーのジャケットを持った。
(*4)ロングジョン=ウェットスーツで下半身に履くズボン。肩からつながっているものもこう呼ぶ。
ちょうど満開の桜の並木道ならぬ、並木川を気持ちよくパドリング。いつもはウッドのカナディアンかポリのスラローム艇に乗っているが、シーカヤックの直進性は非常に安定感がある。カヤックは東京R&D製19ft.、パドルはマーシャスのカーボン製。
 横浜駅から10分ほど、私鉄の駅前で糸井くんを待った。駅前のスーパーに寄り軽く食事と飲み物を買い近くの公園へ。この公園内にカヤックの艇庫があり、すぐ前の大岡川にエントリーができる階段がある。僕が買ったパンを頬張っている間にカヤック2艇、ライフジャケットを準備してくれた。

 僕もむかし、シーカヤックを何人かで買って逗子の知り合い宅に置いておいたことがあった。しかし、ほとんど乗ることがなく、誰かのものになってしまった。つまり、ひとりで漕ぐより仲間と漕いだ方が楽しく、安全性の点からいってもそのほうがいい。共同購入では同時にツアーを楽しめないというデメリットを考えなかった。ひとりで買うほどお金を持っていなかったことにもある。

 この大岡川、横浜市で生まれ横浜港赤レンガ倉庫あたりに流れ込む二級河川。上流部は笹下川で、途中、日野川と合流してから大岡川となる。流路は12kmだが二級河川部分はおよそ8・5km。実際にこの川をカヌーで漕げる距離はもっと短く、中流部の弘明寺あたりで川に人工的な堰がつくられ、それ以上は遡行できないようになっている。

 2艇のカヤックを川に下ろし乗り込んだ。風はほとんどなく流れも穏やかなのでスプレースカート(*5)は省略した。艇を下ろしたところから川は下流側でふたつに分かれている。左が大岡川、右は元町を通って海へと流れ出る中村川。このふたつの川の間は昔は海で、それを埋め立て今は街になっている。したがって正確には大岡川はここまでで、ここからはどちらの川も運河のようなもの。
(*5)スプレースカート=カヤックのコクピット(開口部)に水が入らないようにセットするカバー。スカートのように履いて使用する。
 埋め立てをする前、この川が海への流れ込んだところに横に長い砂州があった、これが横浜の名の起こりだという説がある。
横浜という名前が生まれる前は、ここからが海だった。左が大岡川の続き、右は中村川。今は川の上は高速道路となっている。がっちりとコンクリート護岸された典型的な都市河川。こんなところでカヌーをしようと考えた最初の人は偉い。さらに川にエントリーするための階段をつくった市も偉い。
 下流へ行くのかと思っていたら、今日は上流へ向かうという。前回、初めてサップに乗せてもらったときは川を下り海まで行った。意外と動力船、作業船が多く気を使うツアーだった。今回は静かな上流へと舳先を向けた。この川、典型的な都市河川で両側には古い石垣が所々に見えるもののコンクリート護岸され、その高さ5mはある。沈をしたら面倒くさいことになる。

 川の両岸の遊歩道には桜並木が続いている。毎年この季節、屋台などが出てお祭りが開催されるらしいが、この年もコロナ禍の中、イベントは中止らしい。それでもそぞろ歩きの人たちがいっぱいいる。川は蛇行し、水面ギリギリまで枝を張った桜を避けながらのパドリング。気持ちのいいものだ。

 橋から手を振ってくれる若い娘に、

「乗りたいでしょう? 気持ちいいよ、でもねこれひとり乗りなんだよ~」

 ほかの橋からも声がかかる。

「写真撮らしてもらったよ、ありがとう」

 注目されているというのは悪い気分ではない。

 途中モーターボートが僕たちを追い抜いていったが、吃水が浅くなると座礁するので早々に引き上げて行った。カヤックはその点何の心配もない。

 花びらが落ち花筏となったピンクの流れを探し、それを切り裂くように漕ぎ上がった。後ろを振り返って見ることができないが、きっとカヤックの引き波で翻弄され、たくさんの花びらが渦をつくっているだろう、などと想像しながらパドリングを楽しんだ。
“吉野の花も散れば汚し”という戯れ歌があるが、この時期、透き通った川の水に流れる桜の花を押しのけ、すくい、楽しむ。パドラーだけの特権だ。
 糸井くんは僕のキャンプの手伝いの後、シーカヤックの教室やガイドを始めた。大学でも講師を務め、横浜でもシーカヤック、サップでのガイドなどをしている。びっくりするのはあのロックギタリストのヴァン・ヘイレン(*6)が日本に来たとき、カヤックに乗りたいというのでこの大岡川を彼のガイドで楽しんだという。
(*6)ヴァン・ヘイレン=アメリカのロックバンド。そのリーダーでありギタリストのエドワード・ヴァン・ヘイレン。2020年没。バンド仲間のデイビットリー・ロスが自身のサイトで、ヴァン・ヘイレンが横浜の大岡川でカヌーを楽しんだと写真と共に紹介している。きっとその写真はミーブーが撮った写真だろう。
 また彼はテクニックはもちろんなのだが、カヤックを使って島に渡ったり、地方を巡る旅をしている。さらに彼は「こうもん」マニアもである。校門ではなく、黄門でもなく、ましてや肛門でもない。「閘門(*7)」である。
(*7)閘門=水位の違う2つの水域で船を通行させるための施設。水を出し入れする区間を設け船を上下させる。千葉県香取市、横利根川に大正時代に作られた煉瓦造りの閘門がある。
 閘門とは、水位の違うふたつの水域を水を出し入れできる区画を設け、水位を変え船を上下させるシステム。英語ではロック(lock)、パナマ運河もこのシステムを使った運河だ。

 日本にもたくさんの閘門があり、じつは僕もその閘門ファンのひとり。英国でボートのツアーをしてからロックのファンになってしまった。調べてみると日本にも、東京の近くにもたくさんあることがわかった。そのロックを通過するツアーに糸井くんを誘った。それ以来、彼は僕のアイデアをすべて持っていき、自分で閘門通過サップツアーを企画している。
(左)この日の天気はそれほど良くなかったものの、風もなくほかのカヌーやモーターボートも少なく静かなツーリングが楽しめた。(右)ホームリバーの大岡川を案内してくれた”ミーブー”。飄々とした語り口でカヌーのテクニカルなこと、この川の歴史、桜のことまで細かにガイドしてくれた。
 スタートから静かな川を数km遡行し、弘明寺の人工的な堰でもあるステッピングストーンズ(*8)まで行ってUターン、右へ左へと蛇行する川をさらに僕のカヤックは蛇行を繰り返しながら帰路についた。午後スタートしたツアーは夕陽を浴びて終了した。
(*8)ステッピングストーンズ=飛び石状に石を並べて川を渡る橋の一種。
 その後、もちろん反省会と次回のツアーの企画のための会議が遅くまで続いたことは言うまでもない。

中川祐二 物書き・フォトグラファー

“ユーさん”または“O’ Kashira”の 愛称で知られるアウトドアズマン。長らくアウトドアに慣れ親しみ、古きよき時代を知る。物書きであり、フォトグラファーであり、フィッシャーマンであり、英国通であり、日本のアウトドア黎明期を牽引してきた、元祖アウトドア好き。『英国式自然の楽しみ方』、『英国式暮らしの楽しみ方』、『英国 釣りの楽 しみ』(以上求龍堂)ほか著作多数。 茨城県大洗町実施文部省「父親の家庭教育参加支援事業」講師。 NPO法人「大洗海の大学」初代代表理事。 大洗サーフ・ライフセービングクラブ 2019年から料理番ほか。似顔絵は僕の伯父、田村達馬が描いたもの。

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