- 道具
太い! 強い! 安い! 巨大魚を狙い撃つパックロッド「メガフォース ビッグフィッシュ」を君は知っているか?
2017.05.04 Thu
藤原祥弘 アウトドアライター、編集者
「お前は、俺か!?」
開発者にそう呼びかけ、いだき合い、手をつないでどこまでも一緒に駆けて行きたくなる道具に出会うことがある。
次の遠征に備えて、深夜にネットを徘徊していて見つけた道具もそうだった。どうやら、もうひとりの俺が住んでいるのはイタリア。彼の務め先は大手釣り具メーカーのDAIWAで、仕事は釣り竿のデザインである。
イタリアの俺が作った竿の名前は「メガフォース ビッグフィッシュ」。中二的ネーミングセンスはさておき、名前の通り巨大魚も釣り上げられる剛竿のようだ。
「ようだ」というのは日本のDAIWAではラインナップされていないから。竿の企画はイタリアでされたようで、日本語のオフィシャルな情報は皆無。怪魚釣り界隈の人の記録がポツポツ見つかる程度である。
欧州諸国の紹介を翻訳にかけて読んでみると、彼の地での対象魚はヨーロッパオオナマズやコイのよう。1mを超える大物と渡り合うため、ビッグフィッシュは丈夫一辺倒の設計になっている。
しかし、丈夫な竿なら日本にもいくらでもある。ビッグフィッシュの特筆すべき点は、剛竿のくせにパックロッドであることだ。全体を5分割することができ、短い仕舞寸法で持ち運ぶことができる。
そしてもうひとつの大きな特徴が良心的な価格。巨大魚と渡り合えて5分割できるのに、欧州での販売価格はなんと約7,300円〜! 安い。強烈に、安い。廃盤の大量在庫だとしても安すぎる。
おそらくヨーロッパにおけるビッグフィッシュの位置付けは、自分のなかの狩猟本能に気づいた少年が、小遣いを貯めて最初に手にする大物用の竿なのだ。
少年は川で会ったおじさんや釣具店から情報を仕入れ、大物がひそむと思われる淵に通いつめる。もちろん車はないから移動手段は自転車だ。自転車にくくりつけられているのは、我らがビッグフィッシュ。
ビッグフィッシュは鈍重な竿なので釣り味は二の次。少年は物干し竿のようなビッグフィッシュに苦労しながら仕掛けを投げ込むが、掛けさえすればそのパワーで大物も確実に獲る。少年はビッグフィッシュで数々の大物を釣り上げ、界隈でも名の通った釣り師へと成長する。
しかし少年は、ステップアップとともにより扱いやすい高級な竿を使うようになってしまう。釣り場への足も、自転車からバイクへ変わり、バイクから車へと変わる。確実に釣れる場所で、いい道具を使い、狙った通りに大物を釣りあげるようになる。やがてビッグフィッシュは、大人になった少年の物置小屋で埃をかぶる。
そんなところに、かつての自分のような子どもが訪ねてきて言うのである。
「僕に釣りを教えてくれませんか?」と。大人になった少年は答える。
「知りたいことはなんでも教えてやる。俺も子どもの頃、ほうぼうで面倒を見てもらったんだ。どうせ道具もたいして持ってないんだろう? 君にぴったりの竿をやるよ」
そして、元少年から現少年に渡されるビッグフィッシュ。
「大事に使えよ。それは俺にとっても、ちょっと特別な竿なんだ」
……真夜中に妄想をふくらませてしまった。しかし、イタリアの俺もこんな使われ方をイメージしてビッグフィッシュを作ったのではないだろうか。
少々釣り味は悪くても、掛けた魚を確実に獲れること。釣り少年が小遣いを貯めて買える価格帯であること。旅も釣りも好きな成人が、旅先で大魚と気軽に遊べる竿であること。ビッグフィッシュはたぶんそういう竿だ。
英語圏では、釣り人のホラ話を「フィッシュストーリー」と呼び、「ビッグフィッシュ」には大ボラという意味が被せられることもあるようだ。また、「ビッグフィッシュ」には「大物・大人物」という意味もある。
パックロッドとは、大物を掛けたこと、釣ったことを他人に証明できない場所でも使う竿だ。そして、将来の釣り名人が最初に手にする大物タックルが「ビッグフィッシュ」。ちょっと面白い言葉遊びだ。
安物だがメッセージがある。釣りと旅の両方に入れあげた人間にしか思いつかないコンセプトで、次世代を育てる志を感じさせる竿だ。こんな道具はそうはない。アタリかハズレかはわからないが、ビッグフィッシュは手に入れねばなるまい。
ところが、である。
現在は国内にビッグフィッシュを扱っている店がない。好事家が個人輸入して売ったことはあるようだが、日本で流通するときの売価は2万円代後半。輸入の手間を考えても、元の値段を知ってしまうとちょっとムムムな価格設定である。
世界中を見回して、現在確実に売っているのは釣り具から登山用品、素潜り用品まで扱っているスペインの巨大ネットショップだけ。しかしこのショップ、ちょっと問題がある。
注文と違うものが届く。注文したものの一部が入っていない。在庫していない商品まで売って、それから仕入れる。クレームのメールを入れると放置される。こんな感じで、周囲では注文した人の3人に1人くらいの割合で撃沈している。恐るべし、スペイン人。
しかし虎穴に入らずんばビッグフィッシュを得ず。少々のトラブルは覚悟のうえで注文するとスムーズに処理された。国際輸送サービスのDHLで番号を追跡すると、バルセロナからドイツのライプツィヒ、香港を経由し、ぐいぐい日本へ向かってくる。わくわくする。
ビッグフィッシュを注文したその時から、俺の心は小5になっている。週刊少年ジャンプの発売を待ちわびる子どものような気持ちで待ち続けること1週間。無事、ビッグフィッシュはわがやにやってきた。
待ちくたびれたよ! ビッグフィッシュ!
いざ開梱!
雑。
雑。
中二的色味と謎のガラ。
覚悟はしていたが、清々しいまでに、雑。全体に漂うのは「7,000円なんだから、仕上げはまあこんなもんだろ。獲れりゃ、いいでしょ」感。
継ぎ目のメス側は「丁寧に作る気なんてさらさらありませ〜ん」といった気持ちが伝わってくる仕上げ。すっごく斜めになっている。オス側は塗料が垂れているために継ぎ目がきっちり入らない。自分でやすりをかけて擦り合せる竿なんて久しぶりだ。わくわくする。
竿の到着から1週間後、自作のロッドケースにビッグフィッシュとショアガン(過去記事参照)を収めて向かったのは南西諸島。テンポよく釣りたい場所は軽快なショアガンで攻め、大物が来る場所ではビッグフィッシュを振る。
硬く、太い竿だけあって、キャスティングは「娯楽」というよりも「労働」。竿の反発力を使って気持ちよくルアーを遠投……なんてことはまるでない。垂らしを長めにとって、ただひたすら腕力だけで投げる。それでも、重めのルアーであれば40m程度は飛んでいく(上手い人ならもっと飛ばせるだろう)。
遠征中、もっとも良いポイントで、ルアーを追って飛び出してきたのは平アジ。ルアーをくわえた刹那、竿をあおって針をかけ、岩陰に走られる前にゴリゴリ巻き上げる。
平アジも抵抗を見せるが、こちらの竿はメガフォースなビッグフィッシュである。ものの1分で勝負はついた。釣りあがったのは50㎝弱の鮮やかなカスミアジ。
50㎝とはいえ、パワーに定評のあるカスミアジ。内地の魚に換算すると80㎝のスズキよりもよほど引く(80㎝以上のスズキを釣ったことがないので、これ以上のサイズには換算のしようがない)。
身が傷む前にすかさず3枚におろして醤油に漬け、ルアーを投げ続ける。もう1本カスミアジを追加したところで、巨大なロウニンアジにルアーを取られてこの日は終了。竿のパワーに対して、リールと糸の設定が非力すぎた。
竿の能力を引き出す前に遠征は終わってしまったが、その性能は存分に体感できた。大きな魚にも力負けせず、遠慮なく使えて、値段も手頃。そして何より、生涯で何度も行けないような遠征先に気軽に持ち出せる携帯性。
メガフォース ビッグフィッシュ。 剛竿にして銘竿である。
■ダイワ/メガフォースビッグフィッシュ
全長:2.9m
仕舞寸法:64㎝
重量:395g
負荷:100〜300g