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【ユーさんの73年_10】中川祐二、73年目のアウトドアノート~モノにまつわる3つのショート・ストーリー
2021.07.28 Wed
中川祐二 物書き・フォトグラファー
中川祐二、72年目のアウトドアノート。第10回目は、ユーさんが長年連れ親しんできた「モノ」を通して、アウトドアの過去と未来をつないでみたい。第5回目に続く、「用具モノ」の第2弾である。懐かしきギア、定番のギア、なるほどというアイデアも含め、ユーさんならではの視点で展開。懐かしさを通り越して、もはや古道具といえるものも!?
このランタンを手に入れたのは、いまから40年ほど前になるだろうか。山岳会の友人M君はスポーツ用品の輸入商社に勤めていた。彼とは登山用品店に勤めていた時代に知り合い、いっしょに山に行き始めた。そのうちお互いに釣りに興味があることがわかり、山はそっちのけで夏から秋はハゼ釣り、冬は氷の上のワカサギ釣りへ通った。
「暗いうちから氷の上に出るだろ、これいるよ、これ明るいんだよ」
と言って彼が持ってきたのが赤い缶に入ったコールマン200A(*1)だった。恐ろしく明るかった。これなら湖のすべてのワカサギが集まってくると思うほどだった。
(*1)コールマン200A=コールマンのシングルマントルランタンを代表するモデル。200Aが誕生したのは1951年のこと。このカラーリングに愛着を持つコレクターは多い。
しかし、このとき零下10度、一日中粘ってわずか7匹という情けない釣果で涙も凍りついてしまった。この顛末はもう書いた(*2)ので、改めて読んでみてほしい。
(*2)顛末はもう書いた=ユーさんの72年⑦「ワカサギが食べたい、だからワカサギ釣りへ行く」に詳しい。
M君はこのランタンを僕のうちに置いていった。リベンジするときの為だろうと解釈したが、それ以来ずっとうちにある。
しばらくの間、M君はちょくちょくアウトドア用品をうちへ持ってきて置いていった。悪いことでもしてるんではないかと心配し問いただすと、
「大丈夫大丈夫、これ全部サンプルで取り寄せたもので、いらなくなったものだから!」
やがて僕のうちは彼の勤めていた会社のイニシャルを付けて、○×△国立倉庫(*3)と呼ぶようになった。
(*3)○×△国立倉庫=“こくりつ”倉庫ではなく、“くにたち”倉庫。当時、僕は国立に住んでいた。
この200A、それ以来僕のアウトドアシーンで大活躍となった。やがてガソリンランタンが普及し、ケースもグリーン缶、プラスティック製など本体とともに進化していった。
この赤缶、マニアの間では人気があるものだと聞いた。なにも赤缶に不満があったわけではないが、ちょっとしたアイデアが浮かんだ。
僕は一応理科系の末席で勉強をしていた。高校時代は園芸、大学は農業とどちらも理科系で顕微鏡を使うことが多かった。とくに高校時代、生物の授業は毎回顕微鏡を使い、その使い方のレクチャーは緊張の連続だった。
そうだ、あのサイズ、赤缶の大きさだ。記憶というものはいい加減なものである、いま考えれば随分ちがっているのにそう思ってしまった。
たしか、本郷の東大付近には医療機器の店が多く、どこかに顕微鏡を専門に扱っている店があるはずだ。サラリーマン時代にこのあたりはランチを探してよく歩いた町だった。当時、視界にきっと顕微鏡という文字が見えていたにちがいなかった。
歩いてみると難なくその店は見つかった。そのときは作家のSさんが本当に中古の顕微鏡を探していたので僕も堂々と店に入った。Sさんはすぐに購入を決めた。僕は中身はいらないから、箱だけってないですかね、と聞くと、
「ありますよ、たくさん」
「いくらですか?」
僕も即決した。2,000円だった。中の引き出しにはまだ接眼レンズが入っていた。
赤缶よりサイズは大きく重いが、いっしょに保管しておきたいパーツや燃料などが入れられると理屈をつけ、嬉々として持って歩いた。知らない人がこれを見て不思議がり、中から200Aが出てきてびっくりする顔を見るのがおもしろかった。箱の外側にかろうじて皮膚科と読める文字が書かれているが、消さずにそのままにしてある。
日本の伝統技法の組み木細工が施され、しっかりした作りだった。肩の部分には引き出しさえも付き、顕微鏡を入れたとき動かないように底にステイが付いていた。僕はそれを見てニヤッとした。
唯一気になったのは、箱の扉に「皮膚科」と書かれていたことだけだった。
さっそく200Aを入れてみた。はたしてランタンはピタリと収まった。底のステイさえもその丸みはランタンのタンクといっしょだった。やはり赤缶よりふた回りほど大きく、余ったスペースには予備の燃料缶と漏斗が、引き出しにはスペアのマントルと潤滑オイルを入れた。
なんとも洒落た200Aの木製ケースができあがった。いままでよりちょっとかさばるが無視することにしている。
初めてガソリンストーブを買ったのがこのスベア123(*4)だった。火力がありコンパクトなのが気に入っていた。燃料のガソリンは怖いという先入観があり、先輩たちの意見を聞き、慎重に扱っていた。
(*4)スベア123=スウェーデンで生まれた加圧式のポータブルストーブ。当時を代表する携帯用ガソリンストーブのひとつ。
それまでは自分のものではなかったが、先輩の持っていた灯油のバーナーを使っていた。いま調べてみると、それはホープ社製のマナスル(*5)という灯油ストーブだった気がする。なかなか気むずかしい奴で、使いこなすにはコツが必要だった。燃焼部の根元のくぼみにメタ(*6)を置き、これに点火しプレヒート(*7)する。ポンピングのねじを緩め、いやというほどポンピングしてタンク内の気圧を高める。メタが燃え尽きる頃にノズルを回し、気化が始まった灯油に点火する。最初はシューともジューともいう音、やがてプププ、ボッという音とともに火が付く。それでも炎が青白く安定するまでには少し時間がかかる。
(*5)(*6)(*7)マナスル、メタ、プレヒート=マナスルストーブは国産の携帯用の灯油ストーブとして1950年台の後半に飯塚運動製造という会社で生まれたもの。同社がのちに社名をホープ社に変更。現在では、スター商事が取扱いを続けている。これらのストーブを使う際には、プレヒートといって燃料タンクを熱して、中の燃料の気化をしやすくする必要があった。そのときに使用するのがメタ。スイスメタなどが有名であるが、メタアルデヒドという化学物質を使った、いわゆる固形燃料のことである。
鍋を乗せ調理が始まるのだが、ここで気を許してはいけない。順調に調理が進んでると思うと、突然バァッという音とともに炎がなくなることがままある。あわててマッチを探しこすって点火する。その間、タンク内の気圧は落ちてしまうのでまたポンピングして気圧を上げる。マッチ? などといぶかしげに思う方もおられよう。そうマッチの時代なのである、当時は。ライターなど手軽に入手できるものではなく、ましてや使い捨て?の100円ライターなんてずっと後のこと。だから喫茶店に入ったらマッチをもらって大事にビニール袋に入れ山へ持っていったものである。
そこで自分で買うならと、ガソリンストーブを購入することにした。山でもカヌーでも釣りでも、少人数で動くだろうと考えコンパクトなスベア123を選んだ。真鍮の燃料タンク、真鍮の五徳兼フード、アルミのカバー、チェーンで繋がったメンテナンス用レンチ兼燃料調整ノブ。噴出孔クリーニングニードルが付いていた。このニードルのことを通称マンドリンと呼んでいた。きっとマンドリンの弦ほど細い鋼線を使っていたからそう呼んだのだろう。しかし、僕はマンドリンを持っている。それも何台もだ。どのマンドリンもあんなに細い弦は使っていない。きっとマンドリンを知らない人がつけた名前なのだろう、きっと。
このストーブ、ほかのガソリンストーブの機種とも、灯油ストーブの機種ともちがっていた点がある。加圧の必要がない、つまりポンピング機構が付いていないのである。プレヒート用のメタが燃え尽きたら点火する。それだけの操作でいい、タンクの容量が小さいせいか、メタのプレヒートだけで加圧され、点火後は燃焼による発熱で自動的に加圧されるようだ。
大いにこのストーブが気に入り使っていたとき、アウトドアの先輩、芦沢一洋さん(*8)とキャンプに行く機会があった。彼は僕の点火方法を見て、
(*8)芦沢一洋さん=日本を代表するフライフィッシャーマンであり、アウトドア・ネイチャーライターの草分け的な存在。グラフィックデザイナーでもある。コリンフレッチャーの名著『遊歩大全』の翻訳のほか、『バックパッキング入門』など数々の書籍を遺している。故人。
「なんで中川君は燃料系統のちがうものでプレヒートするの? ガソリンでいいじゃない、プレヒートも」
そうか、僕はすぐに素手でガソリンタンクを持ってあたためた。ノブを回すとガソリンが出てきてプレヒート用の皿にたまった。そうか、これでいいんだ。そのまま点火すればプレヒートされ気化したガスが出てきた。冬は、これは乱暴なこととおしかりを受けるかもしれないが、タンクの底をライターであたためプレヒート用のガソリンを取り出した。
しばらくしてスベア専用のミニポンプなるものを見つけた。厳冬期、安定した燃焼を得るためのものらしい。なーんだやっぱりポンプがあったほうがいいんじゃないか。安全弁付きの加圧ポンプ専用キャップ付きのものだった。僕は冬山はやらないので雪の中ではあまり使わない。でも、さっそく購入した。
スイス製のシグとスウェーデン製のストーブ。国を超えたコラボレーションだ。じつは僕がアパート暮らしをしていた頃、だからおおむかしのことだが、このスベアを五寸の素焼き植木鉢に入れ、卓上コンロとして使ったことがある。もちろん通気のため穴をいくつか開けた。ちょうどすき焼きの鍋がぴったりと乗り重宝した。こんな危険なこと誰も真似してはいけません。大家さんごめんなさい。ちょうどその植木鉢の役目をするのがスベアをセットしたフード。その上に大・小の鍋を置く。右に見えるのが技ありのフライパン兼用の蓋。東京郊外のアウトドアのセレクトショップのようなところで売っていたのを最近見た。素材はちがっていたようだった。
すると今度はスベア123がすっぽり収まるクッカーがあるという。それがシグ・ツーリストクックセットだった。さっそくこれも買った。1段目の五徳にフードを外し裸にしたストーブ本体をセット、風防をかぶせその上に大小の鍋が乗り、蓋兼用のフライパンが付いている。
このシグ・ツーリストクックセットのすごいところはサイズちがいの鍋と、どちらにもピタリと合うフライパンの構造にある。それは鍋の径に合わせ、フライパンに階段状のくぼみがつけられていることだ。このおかげで小さい鍋でも大きい鍋でも蓋がぴたりとできる。つまりこのセットだと下から小鍋、大鍋、フライパンと重ね同時に3種の料理ができるのである。まぁ、これはちょっと大げさだが、先に作ったものを保温しながら別の料理ができる程度に言っておいたほうがいいかな。いずれにしてもすごく使いやすいセットだった。
いまは大小の鍋と同じシステムのフライパンだけのセットを見かけた。ストーブを組み合わせる機構にはなっていなかった。
雑誌など、取材の仕事をしているとメーカーの人や輸入商の人と接触する機会が多くなる。こちらからお願いし商品をお借りすることもあれば、機会があったら使ってほしいとお預かりすることもある。お借りしてこんなものかと困ってしまうもの、よく考えられたものだと感心するものとさまざまだ。
むかし僕は、仕事でキャンプをすることが多かったので、みずからを「コマーシャルキャンパー」と呼んでいた。車からキャンプ道具を下ろす間もなく次のキャンプに出掛ける生活をしていたため、キャンプ道具は積みっぱなしというのが当たり前だった。その習慣がいまも残り、小型の自動車にキャンプ道具は乗せたままだ。それがいけなかったのだろう、テントの防水コーティングは陽に焼けた背中の皮のようになってきた。このストームシールドも車のトランクで各地を旅したせいで防水が頼りなくなってきている。これが僕の人生最後のテントなのかもしれない。まだまだ使える、だましだまし使えば。気に入ってたんだけどなぁ。
実際に使ってみてそれらのいい点悪い点を見極め、文章にしたり音声で伝えるのが僕の仕事だが、さまざまな事情で悪い点はほどほどに、いい点を強調するという忖度をしなくてはならないことも多々あった。広告を取っている雑誌としては致し方ないところもある。
あるメーカーに取材に出かけたところ、ぜひ使ってほしいと小型のテントを預かった。個人の名前がついたテントメーカーでそこの社長と意気投合した結果だったと思う。
僕はフリーで複数の雑誌で仕事をしていたので場合によってはいくつかのメディアでの露出ができるかもと思ったのかもしれない。
預かったものは小型の2人用テントである。2本のフレームをクロスさせるだけの簡単なものだった。
このタイプの多くのテントは、本体のスリーブにポールを通し、湾曲させながら4隅を固定する自立式。さらに本体にフライシートをかけペグで固定する。
しかし、このテントはフライシートに付けられたスリーブにポールを通し四隅を固定すればできあがり。本体はフライからの吊り下げ式。もちろん本体を外しフライだけで使うこともできる。
その当時、僕はサウナに凝っていた。キャンプで楽しむアウトドアサウナだ。焚き火を作り小玉スイカ程度の石を2、3個入れ十分に熱する。熱ければ熱いほどいい。これを焚き火から取り出し、本体を外したフライをかぶせる。なるべく裸に近い服装(?)で中に入り熱した石に水をかける。テント内は湯気で見えなくなると同時に蒸気が体にまとわりついてくる。何度か水をかけるうちに汗をかき始め、蒸気だか汗だかわからなくなる。熱くてもじっと我慢をし、最後にテントを持ち上げる。どんな冷たい夜風でも体はぽかぽか、ビールが旨いのである。
いや、このビールが飲みたいばかりにサウナを作ったと言ったほうが正しい。こんな使い方をテントメーカーは想定していなかっただろうが、たいそう便利に使わせてもらった。
こういう吊り下げタイプのテントは当時ほとんどなく、気に入っていつも車の中に入れていた。しかし、気に入ったものに限って、人が使うとトラブルを起こすものである。
嗚呼、このテントもそんな運命をたどった。だれかが気を利かせ、たたんでくれたのだが見事にポールを折られてしまい泣く泣くお別れをした。
その後、モンベルのムーンライト(*9)を使うようになり、北欧への旅や英国への旅では大活躍した。
(*9)ムーンライト=モンベルの代表的なテントのひとつ。本体にポールを通す吊り下げ式。フライシートを上からかぶせるタイプ。
英国での旅を終え、ロンドンの叔父の家の庭で組み立て干していると叔父が、
「ユーさん、これいいねこのテント。置いていかない? 近所の子どもたちを呼んだときの遊び場にもなるし、昼寝スペースにはもってこいだ」
ロンドン、サウスケンジントンにはアウトドアショップが何軒かあった。ヨーロッパ本土を旅する若い人向けの店、ユースホステルを利用する人たちの店、そして本格的なクライミングの店もあった。その中で地下にテントを組み立てて売っている「Rock and Snow」という店があった。大きなキャンピング用から小さなソロツーリング用まで所狭しと並んでいた。
その中のひとつ「ストームシールド」というテントに目が止まった。明るい渋いグリーンと葡萄色のコンビで、ちょっと遮光性が弱いかなとも思ったが、日本で使うには問題ないだろう。
英国では夏、陽が沈むのは午後9時ころ。北へ行けばいくほど陽は長くなり明るい中で寝なくてはならない。北欧などのテントメーカーのフライシートはアルミ蒸着した遮光性の強いものが多い。
日本製テントで北極圏の夜中の2時の明るさに閉口した経験があった。
このストームシールド、本体吊り下げ式のテントだった。本体はメッシュを多用し、湿気の多い日本にはもってこいだし、シュラフのレイヤーを工夫すれば、3シーズンで使えそうだ。
叔父に譲ったムーンライトのスペースがトランクにある。すぐにこの「ストームシールド」を購入した。叔父は数年前に旅立ってしまいムーンライトはきっとチャリティーショップ「Oxfam」(*10)あたりで売られ英国人が使っていることだろう。
(*10)Oxfam=貧困や不正の撲滅、人道的支援を掲げて活動をする世界的な団体組織。第二次世界大戦下の英国で生まれた。寄付活動、募金活動の拠点のひとつとして、チャリティーショップの運営も行なわれている。
ストームシールドは僕の車の中で日本各地を旅している。