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軍手界の最高峰!? 漁業用軍手がアウトドアに向いている理由
2021.07.20 Tue
渕上健太 林業従事者、ライター
「ワークマン」の参入により、アウトドアシーンですっかりおなじみとなったワークウェア。手袋の分野ではここ数年、「テムレス」が大ヒットし、バックカントリーを中心に冬山装備の定番となった。しかし一般にはあまり知られていないアウトドア向けのワークウェアはまだまだある。
そのひとつが今回紹介するナイロン製の「漁業用軍手」。海の男たちのプロユースを想定した厚手のつくりは、一般的な木綿製の軍手より耐久性が数段上。もちろんコスパも抜群だ。飾り気のないデザインは玄人好みともいえそうだが、一定の保温性もあり、山や川を含めたアウトドアシーンのほか、防災用品としても備えておきたいアイテムだ。
船上でのハードな使用を想定した丈夫なつくりが大きな特徴。
ネットで偶然発見
林業従事者として、仕事でもアウトドアに身を置く筆者。林業ではチェーンソーを扱う作業以外にも、手作業で木の枝を積み上げたり、鋼鉄製のワイヤーを引き回したりするなど手袋にダメージが加わる作業が多い。新品の作業用手袋の指先に1日で穴が開いてしまうことも。手袋は毎日使うだけに、耐久性と手の保護性、着用時の快適性やフィット感、そして価格のバランスが取れた製品を見つけることが個人的な課題だった。
一方、作業用手袋として親しまれている軍手は、ホームセンターなどで販売されている安価な木綿製の場合、ハードに使ったり、洗濯したりすると指先に穴が開いたり、手首周りのゴムの部分が伸びてしまったりすることが多い。
そうしたなかで昨年末に立ち寄った信州の古道具店で化学繊維素材の軍手を目にして試しに購入。山仕事で使うなかで、一般的な軍手と比べた耐久性や保温性、速乾性といった機能性のちがいを実感し、それ以降ナイロンやポリエステルなどの化学繊維素材を使った軍手に着目するようになった。
ネットで調べるなかではじめて知ったのが水産業者向けの「漁業用軍手」の存在。いまでは日々の仕事はもちろん、愛車の整備や自宅の草刈りなど、ほとんどの作業をこれでまかなっている。低山ハイクやキャンプを含めてアウトドアに出かけるときには必ずザックにしのばせ、愛車にも常備している。
「軍手=使い捨て」のイメージを覆す耐久性と着用時の安心感は、山仕事でも強い味方となる。
重さは通常の2倍
漁業用軍手の最大の特徴は耐久性。重い漁網やロープなどを思い切りつかんで引き上げたり、氷が詰まったコンテナを移動させたりするハードな使い方を想定してつくられているため、生地の主素材は摩擦や水濡れに強いナイロン。手首部分は深めのつくりでフィット感がよく、手首周りの安心感が高いのもポイントだ。
一般的な木綿製の軍手とのちがいをわかりやすく表しているのが手袋自体の重さ。作業用手袋専門メーカーの「久冨勝」(佐賀県)によると、ホームセンターなどで販売されている安価なタイプの軍手は1ダース(12双)で450gほど。一方、同社の「漁業用強力ナイロン軍手 3本編 凪」は、約940gで2倍超だ。生地には通常の軍手より1本多い「3本編み」と呼ばれるナイロン素材の糸を使い、強度を高めているという。手首部分には専用ミシンで重ね縫いをする「オーバーロック加工」を施し、生地がほつれたり、伸びたりしにくいしっかりとしたつくりにしている。
久冨雄太郎社長は「国内の提携工場でつくっており、価格は通常の軍手の3~4倍。価格が高めの分、ひとつずつ大事に使ってもらえたらうれしい」と話す。
国内ではほかに「おたふく手袋」や「アトム」など数社による漁業用軍手が販売されている。夜間でも目立ちやすい赤を中心とするカラーラインナップを含めて基本コンセプトは各社とも共通だが、生地の厚みや耐久性は少しずつ異なるようだ。
各社とも1ダース単位など大口販売が中心で、価格はいずれも1ダース2,500~3,000円ほど。ワークウェアではめずらしく、国内生産のメーカーが多いが、それでも左右ワンセット(一双当たり)では300円未満でコスパは抜群。ただ一般のホームセンターでは取り扱っていないことが多いので、ネット通販での購入が便利だ。多めに買って仲間とシェアしてもいいだろう。
使い込んだ久冨勝の「凪」(右)とおたふく手袋の「豊漁 アカ」(左)。メーカーごとに生地の厚さやサイズ感が若干異なる。
アウトドアでも抜群の安心感
筆者は今春、木々を伐採し、丸太や枝葉を手作業で山のなかに積み上げる仕事を約2週間行なった。こうした作業は手袋の傷み方が激しく、1日で指先部分に穴が開いてしまうことも。しかし「漁業用強力ナイロン軍手 3本編 凪」は使い込むほどに生地がうろこ状になって詰まっていく印象で、その後も別の現場で使ったが穴が開くことはなく、現在も洗濯を繰り返しながら使っている。かつて雪山用手袋の定番だった「ハンガロテックス」など良質なウール製の手袋をほうふつとさせる丈夫な生地感だ。
漁業用軍手全般にいえる特徴として、左右の区別がなく、右用と左用を毎回変えて使える点も手のひらなどに穴が開きにくい理由といえそうだ。現在、仕事などでは、おたふく手袋の「豊漁 アカ」をメインで使用。こちらは久冨勝の「凪」よりも生地が少し薄手の印象で、気温が高い今の時期に向いていると感じている。
アウトドアでは、ナタで薪を割って焚き付けをつくったり、焚き火に薪を投入したりするときに身近な軍手を使うひとは少なくない。またチェーン装着などに備えて愛車に軍手を載せているひとも多いだろう。
漁業用軍手の場合、ナイロン素材のため熱に弱く、高温のダッチオーブンを移動させるなどの作業には向かないものの、生地が厚いため山のなかで薪を集めたり、石を組んで炉をつくったりする作業では大きな安心感がある。手のひら部分がゴム引き加工された手袋よりグリップ性は劣るが、使い込んで生地の表面が少し毛羽立つ感じになると、手になじんで滑りにくくなる印象だ。
焚き火で加熱した鍋などに触るときは手袋自体を少し水で湿らせてから使うと安心。目立ちやすいカラーリングと丈夫な特性を踏まえて、家庭用の防災用品としてもおすすめだ。
木綿製と比べて熱に弱いので、高温の鍋などに触るときには注意したい。
使いはじめは少し滑りやすいので注意。使い込むほど手になじみグリップ感が高まる。
アウトドア仕様の発売なるか
漁業用軍手は各社ともフリーサイズ1種類だけのサイズ展開のようだ。久冨勝とおたふく手袋の場合、通常の作業用手袋ではLLサイズを選ぶ筆者でちょうどいいサイズ感。女性用を含めた小型サイズの展開やカラーバリエーションの充実など「アウトドア仕様」の販売の可能性について、久冨勝の久冨社長は「ある程度の生産ロットの確保が必要だが、今後アウトドアでの需要が増えれば女性用やカラーバリエーションの追加も考えたい」と話す。
登山家で知床のシーカヤックガイドでもある新谷暁生氏は著書『アリュート・ヘブン』(須田製版)で、「パタゴニアもアリューシャンも、重くなっても漁業用の漁師用雨具の上下を使用した」と述べている。漁師用雨具は「体温を保護する完全な防水性」をもつとして、低温下での激しい風雨など本当に過酷な条件で生き残るために必要な装備だと紹介している。漁業用軍手を含めて一般にはなじみが少ない漁業者向けの作業着。時代に迎合しない質実剛健なつくりは、これからもさまざまなアウトドアシーンで根強いファンをつかみ続けることだろう。