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素材にこだわる長靴メーカーが生み出した、完全防水の耐寒フィールドブーツ

2023.01.14 Sat

林 拓郎 アウトドアライター、フォトグラファー、編集者

 いま、北海道で注目されている超マニアックなゴム長を紹介しよう。第一ゴムのフィールドブーツ#1308は発売2年目を迎えた防寒長靴だ。

フィールドブーツ#1308(イチサンゼロハチ)。価格22,000円(10%税込) 取り扱いは道内のアウトドア用品店や釣具店の他、第一ゴムの直販サイト「長靴屋 北のマルシャン(https://www.kita-marchand.com)でも。

 コーデュラのカバーが目を引くその製品には10mmのフェルトインナーが仕込まれ、胴の内側にはボアが貼られている。徹底して防寒にこだわるその長靴に足を入れてみれば、ソールが粘りっこく路面を捉える感覚がよく分かる。なるほど、これなら冬の北海道の、ツルツルに凍った道でも安心だ。

 とは言え、だ。長靴としてはあまりにスペックが高い。一体これはどんな人が作ったものなのか。その本気ぶりの背景にあるものを知りたくて、小樽の第一ゴム本社へとお邪魔してきた。

 

天然ゴムにこだわる長靴メーカー

 第一ゴムは昭和10年(1935年)に創業された長靴メーカーだ。その製品は小樽にある自社工場で製造されており、天然ゴムを主原料としている。

社屋は端から端まで100メートル以上。天井の高い、いかにも工場然とした中に機械が並べられており、昭和の気配が色濃く漂う。中には創業時から使っており、すでに製造した機械メーカーが消滅しているものもあるそうだ。写真は靴底を製造するセクション。

収められているのは、原材料となる天然ゴム。加工しやすいよう、予め時間をかけてあたためておく。

長靴づくりはほぼ手作業。ゴムや内張り、靴底などのパーツを、人の手で長靴に組み立てていく。

 現代の長靴の多くは合成ゴムを主原料にしたものや塩化ビニール製だ。こうした素材は生産性に優れているが、低温では硬化しやすい。天然ゴムはその逆だ。コストがかかり、生産性も高くはない。しかし、極低温でも固くなりにくいのだ。

 創業から90年を迎えようという長靴メーカーは、北国の厳しい冬をくぐり抜けてきた。その中で実感した、雪をつかみ、氷を噛んで足元を守る安心感。さらにそのしなやかさゆえに、足首などの屈曲部にも割れが生じにくく、結果として製品の寿命を長くすることができる。こうした天然ゴムが持つ特性こそ、第一ゴムの品質を支えるものなのだ。

長靴は金型と呼ばれる長靴の型に内側から外側へと素材を貼り付けていくことで作られる。最終的に金型を抜き取ることで、長靴ができあがる。

長靴の金型。モデルごとに金型があり、そこにサイズバリエーションが加わる。さらに同時に作業を進めるためには、同じ金型が何十も用意される。結果的に、工場全体では相当数の金型が必要になる。

生の天然ゴムは固い脂身のような感触だ。それに熱と圧力を加えることで固めて仕上げる。そのための「加硫缶」と呼ばれる装置。直径は2メートル近くあり、一度に80足以上もの長靴を加硫することができる。

完成した長靴は、第一ゴムで独自に作った検査器械を使って手作業でピンホールチェックをしていく。抜き取りではなく、全品検査というから驚きだ。

 かつて小樽には第一ゴムのようなゴム製品工場が数多くあった。天然ゴムは非常に重い。そのためゴム製品工場は輸送費を考えて港の近くにおかれていた。しかし時代の流れとともに、多くのメーカーはその生産拠点を海外に移していくことになる。そうしたなかにあって、第一ゴムはその流れに乗らなかった。

 海外では低コストで大量生産が可能になるが、品質管理の点では自社工場が安心だ。納得できる品質を管理するためには、常に目の届くところで原料から製造までを一貫して管理したい。こうして第一ゴムはその拠点を小樽に置き続け、いまでは北海道では唯一の、自社で製品を企画・生産する天然ゴム製長靴メーカーとなった。

 品質にこだわるがゆえに原材料にこだわり、自社製造にこだわる。フィールドブーツ#1308を生み出したのは、こんなメーカーだったのだ。

 

きっかけは「フィールドブーツ#1000」

 フィールドブーツ#1308を企画したのは、営業部の吉田さんだった。

 第一ゴムの新製品は、社内ミーティングでさまざまな立場の人が意見を出しながら生み出されていく。その中で、吉田さんは強い意志でこの企画を推した。

「世の中にはたくさんのウィンターブーツがあります。けれどそれらよりもあたたかくて動きやすい製品をつくりたいと思いました」

 しかしその道のりは、予想以上に厳しいものだった。

「フィールドブーツ#1308の最初の発売予定は2020年秋でした。確かに2020年の半ばには、ある程度の形にはなってたんです。けれど自分としては、どうしても納得できませんでした。悪くはないけど、心の底から完成したとは思えなかったんです。社内には試作から発売まで1年あればじゅうぶんじゃないかという空気がありました。それは分かっていたんです。けれどやり切れていない。そこで無理を言って、発売を一年のばしてもらいました」

第一ゴム営業部主任の吉田篤史さん。大学では土木を勉強していたが、ある日、目にした第一ゴムの仕事内容がおもしろそうで、この世界にとびこんだ。

 そもそものきっかけは2014年だ。第一ゴムに入社したばかりの吉田さんは、ラインナップにあるフィールドブーツ#1000という、アウトドア用の長靴に大きな可能性を感じていた。弾力に富んだアウトソールとしなやかな履き心地は、まさに天然ゴムならでは。どんな泥濘地でもグリップしてくれる信頼性で、本気で野山にでかけていく人たちから圧倒的な支持を得ていた。

「だけど当時は一般的ではなかったんでしょうね。1万円もする長靴なんて誰が買うんだ、って言われました。それこそ北海道内だとごくたまに、秀岳荘のような登山用品店からご注文をいただく程度。正直言って、ぜんぜん売れてなかったんです。だからまずはいろんな人に見てもらおうと思って、道内さまざまなお店やイベントに持って行きました。その一方、保温性の面で、北海道ならこの製品は春から秋向きだと思っていました。ですから、もうちょっと冬に向いたものを作りたいとは考えていたんです」

 そうしたある日、出展したアウトドアイベントで、このフィールドブーツ#1000に興味を持ってくれた人たちがいた。

「ゲレンデのパトロールの人たちなんですよ。夏場にゲレンデの整備をするとき笹を刈ったりするけど、斜面での作業なんで滑りにくい長靴使うんだと。だけどすぐ穴開いちゃうんだよね、なんかいいのないかね、ってお話をいただいたんです。そこでフィールドブーツ#1000をご案内して、購入いただいたんです」

フィールドブーツ#1308に限らず、第一ゴムの製品はアウトソールが非常にしなやか。決して柔らかいのではない。指で押すだけで変形するが、最後の最後にはしっかり荷重を支えてくれるコシの強さがある。

前後2箇所のベージュ部分には、ゴムの中にセラミックの粉末を混ぜ込んでいる。ツルツルの氷の上では、このセラミックが氷に食いついて滑り止めとなる。

くしゃりと握ることができるほど、胴部分は柔らかい。そのぶん足首の動きもよく、しなやかなので屈曲によるひび割れなども抑えられている。

トゥボックスはゴムを重ねることで補強。雪の上り坂でも、つま先までしっかり力をかけることができる。

「ひと冬越して、どうでしたか?って話を聞きに行ったら、靴底はすごく良かった、粘りがあってグリップもいいって。刈った笹やイタドリは竹槍みたいに尖っちゃうんですけど、天然ゴムだとあれも貫通しないって。これまで履いた長靴の中ではいちばんいい、っていう評価をもらったんです。そこは自分でも自信ありましたし、天然ゴムのいいところをちゃんと評価してもらえたなって嬉しかったんです。
 その後#1000とは別に、8mmのウレタンを使った防寒モデルもご購入いただきました。こちらも雪道でのグリップは良い評価だったんですが、足は冷たくなるね、って。それははっきり言われました。いままで履いてきた海外製のウィンターブーツの方が足はあたたかって」

 わかってはいた。防寒用として作っていても、ウレタンの保温性はフェルトにはかなわない。

「だから余計にだったんです。うちは天然ゴムのしなやかな弾力性を武器にしています。それが最大の特徴ではあるけれど、北海道のメーカーなんだし、あたたかい長靴があってもいいんじゃないか。それならフィールドブーツ#1000の良い点をいかして、極寒地でも履ける長靴をつくろうと思ったんです。それが2016年頃ですかね」

 

保温材は素材探しから

 開発にあたっていくつかの課題はあった。ひとつはインナーだ。

「パトロールの方たちとの話に出た海外製のウィンターブーツはフェルトのインナーを使ってたんですけど、やっぱりハードな使い方をする中で保温性を出すならフェルトだろうなと思いました。だけどそのとき、うちの会社にはフェルトを使った製品がひとつもなかったんです。だからインナーを作るノウハウが何もなくて、どのくらいの密度のフェルトを、どのくらいの厚みで、どう縫製してつくり上げるのか、皆目見当もつきませんでした。
 それで取引先の材料屋さんに相談したり、市販の製品を研究したり。まったく手探りの中で進めていたので、フェルトの選定だけで1年半くらいかかりました」

カバーを取り外した本体と、フェルトインナー。フェルトには遠赤外線効果を発揮する、帝人フロンティアの「WARMAL」を採用。ちなみに長靴は大きめのサイズを選ぶことが多いが、フィールドブーツ#1308の場合は無理のない範囲でピッタリのものを選ぶことを勧められる。フェルトインナーがそれぞれの足に合わせて広がっていくことで、長靴とは思えないフィット感を生み出すことになるからだ。

10mm厚のフェルトインソールも取り外し可能。乾かして快適な使用を継続できるほか、好みのインソールに入れ替えることもできる。

フィールドブーツを履き口から覗き込んだところ。内ボアの中に、10mm厚のフェルトインナーが見える。このフェルトが底冷えを遮り、快適なあたたかさを演出する。

 材料選定と同時に進めたのが、試作品をつくるための方法を探ることだ。

「10mm厚のフェルトを使うことを考えたんですが、そんな厚みのあるものをどうやって縫うんだって。こんなの社内ではできないって言われたんですけど、外注に出すとコスト的に合わないことも見えていたんです。ですから職人さんにお願いしたり、根気よく話したりしながら説得して。最後は、じゃあやってみるかって腰を上げてくれたんですけど、イザでき上がってみたらびっくりするくらいきれいに仕上げてくれたんですよ。それはもう、感動しました。
 設備も既存の機械を上手く使いまわすことでなんとかなりそうだぞ、って言ってもらえて。どうにかこうにか社内での製造体制に目処が立ちました」

 

こだわり続けたカバー

 もうひとつの課題は、製品の外観を特徴づけているカバーだった。

「別に胴部分はゴムのままでもいいんですけど、それだとゴム長になってしまうんです。やっぱり手にとってもらえる見た目にする、っていうのは大事だと思っていました」

フィールドブーツ#1308の外観を特徴づけるコーデュラナイロンのカバー。ハードな使い方のなかでブーツ本体を守るプロテクターとして働くほか、スノーモービルに乗ることの多いパトロールからは「胴部分が適度に滑ってくれるのでスノーモービルが暴れても、ニーグリップをしている脚が持っていかれることがない」という声も上がっている。

 いままでの製品とは違う、ということをアピールする意味でも、ここには絶対にカバーをつけたい。つけるなら丈夫なコーデュラナイロンを使いたいと考えていた。

「幸い、うちはこうしたカバーをゴム長に取り付ける特許を持っていたので、それを利用することで固定は問題なく進んだんです」

 こうして試作品が仕上がった2020年秋。前述のように吉田さんはその熱意から、製品の発売を一年延期。その耐久性と使い勝手を確認するために、さらにひと冬をかけての最終テストをおこなっていた。

「割と好評でした。どこも壊れないし、グリップもいい、じゅうぶんにあたたかいよって言ってもらえて、よしよし、って思ってたんです」

 しかし、年が明けた2021年1月。試作品をテストしていたパトロールスタッフからこんな意見が寄せられた。

「歩いていて、履き口から雪が入ってくることがあるな〜、って言うんです。大したことじゃないけどね、という感じではあったんですが、歩いてると自分が跳ね上げた雪が、ひざの後ろから入ってくるって。それまでそんな感想をもらったことがなかったので詳しく聞いてみたら、テストの初年度は雪が少なかったんですが、2年目は雪が深かったんです」

 たまたまだ。そんなこともある。歩き方を工夫すればどうにかなるんじゃないか。そうした意見もあった。だが吉田さんは、それを飲み込むことができなかった。

「あ、このままではマズい、と思いました」

 理由は簡単だ。

「自分は営業なので、この商品を取引先にご案内するのは自分なんです。製品に納得しきってないと、もやもやしながらお話させていただくことになる。それは避けたいなと思いました。
 対策としてドローコードで履き口を絞ることも考えましたが、それをするにはコーデュラは硬すぎるんです。ということは、今回に限れば絞ることは正解ではない。なら、この形状がいけないんだ、急いで別の形を考えなきゃいけないなと思いました」

 しかし、だ。時間がない。冬が終わるまでに残り2ヶ月と少し。その間にカバーの変更を進め、試作品を作り、テストをしなければならない。

「すでに開発には5年以上もかかってしまっていましたし、前年は会社にも発売を待ってもらっていました。もう、発売延期はできません。ですからそこから一ヶ月は試作を手伝ってくれた先輩とふたりで、ほとんど改良の作業にかかりっきりでした。幸い、冬の時期は営業の仕事はそんなに忙しくないんです。僕も自分の机にいるより、試作室でカバーの型紙を作ったり、縫製の準備をしたりする時間のほうが長かったですね」

万一カバーに大きな力がかかっても縫い目が裂けることのないよう、カバーは縫い合わせた上からナイロンのテープで補強している。何のためにカバーをつけるのか、を徹底して突き詰めているのだ。

改良されたカバー。膝の後ろ、ふくらはぎ上部を少しすぼめることで履き口を狭くして、雪の侵入を防ぐ形となった。

 もちろん、その他にも数多くの苦労があった。しかし最終的には2021年秋、夢に描いたフィールドブーツ#1308が出荷されることになる。

「数は少なかったです。でもありがたいことに初年度は完売。今年は昨年よりも生産数を増やすことができました」

 

天然ゴムだから実現できる品質

 吉田さんは嬉しそうにこう話す。

「もちろん、営業先でも自信を持ってお話させてもらっています。だからホントに思うんですよ。あのとき無理言って、粘って会社を説得して、発売延期させてもらって良かったなって。おかげさまでとてもいいものができ上がりました」

 そして、ちょっと真剣な目でこう続けたのだ。

「ウィンターブーツでも長靴でも、一年たたずにゴムが固くなったりひび割れたりした、っていう話を聞くことがあるんです。そのたびに、うちのゴム質だったらそんなことないのになって思いながら、うちの製品を試してみてほしいな、もっともっとうちでできることがあるんじゃないかって思います。
 もちろんトータルとしてうちの製品はまだまだだし、見た目なんかも含めて変えていかなきゃいけないところはたくさんあります。けれどフィールドブーツ#1308を作ったことで、いまは新しくこういうものも作ってます、って胸を張って言える。季節を問わずに、天然ゴムのいいところを体感していただける製品がどうにかこうにか揃った。その最初の一歩を形にできたことは、とても意味のあることだったなと思っています」

 
取材協力/第一ゴム株式会社(https://www.daiichi-gomu.co.jp

林 拓郎 アウトドアライター、フォトグラファー、編集者

スノーボード、スキー、アウトドアの雑誌を中心に活動するフリーライター&フォトグラファー。滑ることが好きすぎて、2014年には北海道に移住。旭岳の麓で爽やかな夏と、深いパウダーの冬を堪能中。

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