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主催者と参加者の意志がつくり上げた2021年のフジロック。ネット越しには伝わらなかった真実

2021.09.02 Thu

渡辺信吾 アウトドア系野良ライター

 2021年のフジロックが終了して約10日が経過した。

 開催前から開催中、そして開催後に至るまで、今も賛否両論がSNS上に飛び交っている。しかし、否定的な意見の多くは、実際に会場に来ていない人や、来ていたとしても、入り口をチラリとのぞいてみただけの、薄っぺらな報道など、いわば外野からの意見がほとんどだ。

 SNS上で揶揄されている、密集だ、馬鹿騒ぎだ、亡国の祭典だのといった状況は、誰が何を見てそう思ったのか。それが、どれだけ真実と反しているか。そんな無責任な発言者たちによる風評が、どのように伝播していくのか……。

 実際にフジロックに参加した人から見れば、はなはだ迷惑でもあり、反論しようものなら、ただの言い訳だ、保身だのと言われ、SNSは炎上。まさに、火に油を注ぐような状況が続いている。そして、それはフジロックに参加、出演した怪しからぬ輩、という差別と偏見をも招いている。

 そのような状況のなか、フジロックの全日程、全ステージ、会場の隅から隅までを、実際に自分の足で歩き、自分の目で見て、体験した身として、自分の言葉で現場の真実を伝えずにはいられない。

 末端ながらフジロックの裏方に関わる私たちAkimama編集部には、開催に至るまでの主催者の苦労や葛藤も漏れ伝わってはきたが、ここではあえて言及せず、自分が見た事実のみを客観的に伝えたい。


木曜日プレオープン。キャンプインの入場が開始

 毎年、前夜祭が開催される木曜日にはキャンプ泊をする参加者がキャンプサイトゲート前に並ぶ。しかし、その列は例年ほど長いものではなかった。

 いつものように入場ゲートに一番近いエリアにテントを張ろうと、オープンとともにダッシュしてくる光景もなく、とても穏やかなのんびりスタート。入場口に近いエリアこそ、木曜日の早い時間にはすでに多くのテントが立ち並んだが、その他のエリアはスカスカと言っていい。トイレやシャワーが近いレディース専用エリアも、キャパの半分ぐらいしか埋まっていない。

 フジロックのキャンプサイトと言えば、テントとテントのわずかな隙間や通路脇の小さな草地や斜面にまで、テントが張られている光景を想像する人も多いだろう。しかし、今年はテントとテントの間のディスタンスもしっかりと取れて、快適そのもの! 普通のキャンプ場の週末の光景と大差ない。

 キャンプサイトの発券数も例年に比べて50%程度というが、キャンセルもあるのだろう。おそらく例年の半分以下、実感としては3分の1程度ではないだろうか。

 新たに設けられたキャンプサイトゲートでは、来場に際し、会場内、キャンプサイトにおいても、マスクの常時着用。酒類の持ち込み禁止、喫煙所以外での喫煙禁止、テントの外で大勢が集まっての会食の禁止といった注意事項がアナウンスされ、手荷物の検査も入念に行なわれていた。

 また、キャンプサイト内では昼夜を問わず、キャンプエリアを管理するスタッフによる見回りも行なわれていたが、いい意味で予想に反し、テントの外に集まって騒ぐようなグループは、ほとんど見当たらなかった。


金曜日から始まった3日間の本番

 公式発表では、来場者数延べ3万5449人。通常年の約3分の1だ。入場ゲートでは、酒類持ち込みの手荷物検査とともに、検温、個人情報を事前登録した公式アプリの確認が条件とされた。

 これまでは入場ゲートの手前に場内駐車場とパレス・オブ・ワンダーという入場チケットなしでも楽しめるフリーエリアがあった。若手の登竜門ルーキー・ア・ゴー・ゴーのステージもこのエリアにあるはずだったが、今年はこのエリアを担当するスマッシュ・ロンドンチームが来日できないこともあって、入場ゲートがその手前になり、同エリアはイエロークリフという新たな飲食エリアとなった。これは場内のフードエリアの混雑を分散するためのもの。

 さらに会場を進むと、メインフードエリアのオアシスがある。本来なら飲食ブースがびっちりと立ち並ぶはずだが、出店数を通常より間引いてあり、ブースは2ブースごとに十分な空間が設けられている。例年の賑わいを知るものとしてはやや寂しい光景だが、密にならない空間設計になっている。

 このほかにも本来、フィールド・オブ・ヘブンのステージを取り囲むように並んでいたフードブースや物販ブースは今回設けられず、グラビティフリーのアート展示だけ、その先のオレンジコートが、フードと物販エリアとなっていた。

 各フードエリアには、座って飲食できるような場所も設けられていたが、今年は向かい合って会食できないように、テーブルとベンチは並行に配置され、食事中も黙食、マスク着用を促されていた。

 メインステージのグリーンステージをはじめ、各ステージの前方には、約1.5m間隔でマーキングがされていたり、フラフープを置いたりしてディスタンスを確保。演奏が始まる前には、毎回MCが、マスク着用、発声しないこと、マーキングの位置で楽しむようにアナウンスをしていたし、観客もそれを守っていた。

 YouTube配信されたライブ映像を見て、会場が密だと騒がれていたが、本当に密な状態なら、ステージ上からの映像では観客の頭しか見えないはずだ。後ろの人の肩や胸が見えるのはある程度空間があることを示している。1.5mの間隔が密か密でないかと問われれば、密なのかもしれないが、通勤時の首都圏の電車内や駅、地下街やショッピングモールなどよりも、ずっと空間は確保されている。マスクをずらしてそのままにしている人や鼻が出ている人もいたが、すぐに場内のセキュリティが注意を促していた。かく言う私も、スマホの顔認証のためにマスクをずらしたままスマホをいじっていたら、しっかりとセキュリティに注意された。

 ここまでは主催者側のおもな対策の状況となるが、参加者にも目を向けてみる。


主催者だけでなく参加者がつくった今年のフジロック

 各ステージを自分の目で見て肌で感じて、その上で何より印象的だったのは、本当に観客が歓声を上げていないこと。手を振り、拳を突き上げ、ときにはジャンプしたりしているが、声は発していないし、指笛も聞こえない。人気の曲のイントロが流れた瞬間など、通常なら大きな歓声が上がる場面でも、声にならない「ンーー!」「ヴーー!」という呻きのような音が聞こえるだけだ。

 アーティストたちも「声にできないと思うけど、心の中で叫んでくれ!」と促す。ハンズアップと拍手・手拍子のみの無声のコールアンドレスポンスは、かつて見たことのない光景だった。歓声を上げることは制限されたとしても湧き上がるエネルギーのやりとりは確かに存在した。YouTubeの配信を見ていた人たちもわかるはずだ、もし無観客配信だったとしたら、全てのステージで生まれたあのケミストリーを目にすることはできなかったことを。

 本来こんな光景は見たくなかった。しかしこの光景こそが、フジロックを守ろうとするフジロッカーたちの強い意志の現れであり、讃えられるべき精神だと。

 ステージ以外でも印象的だったことを報告しておく。世界一クリーンなフェスと称賛されたフジロックも、近年はゴミの放置や、ポイ捨てなどが問題になっていた。しかし今回は、会場全体を見回しても、ゴミが本当に少なかった。特に衆人の目が及ばないトイレには例年ドリンクのカップなどが放置されていることもあったが、それも少ない。もちろん皆無とは言わない。SNSにはゴミが放置されたところをわざわざアップして「フジロック参加者のマナーの悪さ」を訴える投稿があったが、まるで必死に粗探しをしにきているとしか思えない。全体から見ればほんのひと握りの素行不良が報じられ、さも全体が悪とまで言わんとしているようだ。現場で実際に感じたのはその逆で、これまで以上に整然とマナーが守られていた印象だ。

 今回は邦楽アーティストのみのラインナップになったことにより、初めてフジロックに来たという若いオーディエンスが多かったようだ。カップルで手をつなぎながら、途方もなく広い会場を戸惑いながら歩く光景は微笑ましくもあった。

 酒類の持ち込み、そして販売がされなかったことは、大きな要因かもしれない。酒がなかったことで参加者の理性が保たれたのかもしれない。新型コロナの感染拡大の要因には飲食を伴う会合が指摘されている。自分では理性を保っているつもりでも、ついつい気が緩むし、手元、足元も覚つかなくなる。意図的ではないとしても会話は大きくなり、ゴミを落としてしまう人もいる。個人的には無類の酒好きなので「酒=悪」とは言いたくないが、事実として酒と理性の関係は否定できない。逆に、人は数本の酒で簡単に理性が緩んでしまうのかもしれない。それを避けるために酒類の販売をしない、持ち込まないという対策が採られた。「酒が飲めないフェスなんてフェスじゃない」と思う人は来なければいい。「酒が飲めなくても来たい! 観たい! 感じたい!」という人たちが、今回のフジロックをつくったと言っても過言ではない。

 いろいろな制限でがんじがらめに縛られるのは、私も好きではない。いくつになっても、乾杯して、ハグして、ハイタッチして、大声で歌い、叫び、踊りたい。しかし、それでもこの愛すべきフェスが無くなることのほうが堪えられない。ましてや誤った情報や歪められた情報が拡散され、それに乗じて、悪意だけが増幅され、参加したアーティストや関係者、来場者、そしてこのフジロック自体が傷つけられることはどうにも我慢できない。それにどう戦うかは、真実を伝えることしかないと思い筆をとった。

 今回のフジロックに際し、さまざまな事情で来られなかった人も多くいたと思う。アーティストも、関係者も、もちろんオーディエンスも、それぞれの事情があり、それぞれの選択があったことは間違いない。真剣に悩み向き合って出されたそれぞれの選択を、そして覚悟を尊重する。

 リスクはゼロではない。対策にもパーフェクトはない。どこかに綻びはあるだろう。これからのち、フジロックを起因とするような感染者の発生が報じられるかもしれないし、また批判に晒されるかもしれない。もしかしたら、来年はウィルスがさらに変異し、状況はさらに厳しくなるかもしれない。

 それでも、主催者・参加者ともに最善の対策を講じ「KEEP ON FUJI ROCKIN'」を貫いてほしい。来年は7月29日から31日に開催される予定だ。

 心の底から笑い、歌い、乾杯できる日が戻った暁には、この苦難を乗り越え進化したフジロックが開催されることを願ってやまない。

(写真=Akimama編集部)



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