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<書評>食品を、自分を、社会を発酵で変えろ!『サンダー・キャッツの発酵教室』&『発酵の技法』

2018.12.18 Tue

藤原祥弘 アウトドアライター、編集者

 40歳を目前にして、発酵が気になりだした。今では、なんでもかんでも醸したい。

 発酵はいい。そのへんの食材にちょっと手間をかけるだけで、これまたそのへんの細菌や酵母が食材を分解し、元の食材よりも腐りにくく旨味の強いものへと変えてくれる。

 生では旨味の薄いカタクチイワシも、ばさっと塩をかけて放っておけば3ヶ月でいわゆるアンチョビになり、1年待てば魚醤に変わる。カタクチイワシに塩をふって、バケツにいれたまま1年。見た目はヤバイが、漉したら美味い魚醤ができている。漉したあとに残ったデロデロもアンチョビペーストとして使える。
 魚をさばいたときに残る内臓も、塩をきつくふって寝かせれば、脳から快楽物質をドバドバ絞り出すアミノ酸の塊へと変身する。発酵とは、ちょっとした錬金術のようなものだと思う。

 ところが、こんな成功に味をしめて、絶対仕損じまいと道具を滅菌するとそんな回に限ってうまくいかない。すべては、細菌の思し召しなのだ(もちろん、器具や手指を清潔に保つに越したことはない)。

 仕込んだものの完成を待つ間は、頭の中の「素敵なものフォルダ」に「イワシ」とか「酒盗」とか「カラシナ」のことがストックされており、ふとした拍子に思い出しては忍び笑いをする。

 安い食材や野原の野草、普通なら捨ててしまう部位に塩をふって置いておくだけで、生活が豊かになる。仕込めば仕込むだけ楽しい予定が増え、幸福な気分になる。そのへんで摘んできたカラシナと自分で仕込んだアンチョビペーストをパスタにからめる。仕込んでいる間も楽しいが、使うのも楽しい。 
 初めて仕込んだ食材では、発酵と腐敗のどちらに転んだか判断に悩むこともある。こんなときは少量を口に入れて経過をみる。自宅の台所で自分の身体を使い、食の可能性を拡げる開拓者となる。

 現代人はすっかり忘れているけれど「食えるかどうかを自分で判断する」のは生物にとって当たり前の活動だ。食の開拓者はときに新たな地平に行き着くが、討ち死にすることもある(つまり、腹を下す)。発酵食品の自作は、家にいながらできるスリリングな冒険でもある。

 たとえ発酵を実践しなくても、発酵食品は日常にあふれている。パンも納豆もヨーグルトも酒も、発酵を経てあの味が生み出される。日本人には欠かせない味噌も醤油も発酵食品だ。すべての人類は、発酵に取り囲まれている。

 多くの発酵愛好家は、ふだんの食事から興味を広げて発酵の道に入っていくが、私の場合はちょっとちがった。自身の自然との付き合い方を考えるうちに「発酵とは自然を害さずに付き合う技術のひとつではないか?」と考え始めたのだ。

 アウトドアの世界をぐるりと見回せば、その多くが自然の蹂躙の上に成り立っている。

 いちどきに数千人で野山を走り、土を削り植物を踏み砕いてしまうレースや、大規模に開発された場所が必要なイベントやスポーツ、外来魚を狙う釣りなどは、自然の改変なしには行なえない。

 私が熱心に取り組んできた採集活動もその最たるものだ。採ったら採っただけ、自然のなかから命と豊かさが失われる。猟欲を満たした採集者の後には、死骸の山が築かれる。

 現代のアウトドアレジャーは自然から一方的に奪う。人が野山に出かけたことで、環境がより豊かになることは、まずない。わがやの庭先の生ゴミ捨て場は、最近ちょっとした貝塚みたいになっている。 
 人と自然の関係は、一方的な収奪という形しかありえないのか。楽しめば楽しむほど自然を豊かにする関係を自然との間に作れないか。そんなことを考えているうちに、発酵が気になりだした。

 食物の発酵は自然と人との共同作業だ。人が細菌や酵母に好ましい環境を用意することで彼らは健やかに暮らし、人は美味しい食物を手に入れる。発酵食品を食べることで、身体は緩やかに外界とつながる。自分の身体につながり、自分の身体を作るものを害する人がどこにいるだろう?

 発酵には、これからの野外活動の楽しみ方のヒントがあると思う。

 そんなことをモヤモヤ考えているところに『サンダー・キャッツの発酵教室』という本がやってきた。本書はアメリカの発酵復興論者・サンダー・キャッツのZINEをまとめたものだ。

 サンダー・キャッツはテネシーの山中で、水や電力を自給しながら仲間たちと暮らしている。環境負荷の小さい暮らしを実践しつつ世界中の発酵食品の作り方を習得し、国内外で発酵食品についてのワークショップを展開している。

 野外活動や生活技術を深めた人は、だいたい同じところにたどり着く。都市を離れて野菜を作り、蜂を飼い、水やエネルギーの自給を始める。生活の糧を自然から得つつ、奪う量を最小化するとこんな生活になるようだ。

 すごい男がいたものだ、と思いつつ自分の本棚に目をやったら、すでにサンダー・キャッツはわがやに忍び込んでいた。少し前に入手していた『発酵の技法』を書いたのもサンダーだったのだ。

『発酵の技法』は480ページを超える大作だ。世界の発酵食品の作り方に触れつつ、塩分や温度の管理、使う器具の解説や発酵への科学的なアプローチについて網羅的に解説されている。

 これに対して、ZINEが元になっている『発酵教室』は発酵入門者に向けられた、いわばダイジェスト版だ(本国では、こちらのほうが『発酵の技法』よりも10年ほど先に作られている)。ザワークラウトや味噌、チーズ、ヨーグルト、キムチ、ビネガーなどの発酵食品の作り方が紹介されている。

『発酵教室』は取り組みやすい食品を中心に組まれているものの、なかには蜂蜜酒のようなどきりとする食品のノウハウも盛り込まれている。そして、日本版にだけ、サンダーが長野県の木曽町にたずねた「すんき」という食品をめぐるルポが収録されている。

『発酵教室』の版元・編集・翻訳までを手がけたのは「ferment books」。表紙のイラストは人気のCHALKBOYが描いている。初めて発酵にふれる人は、写真やレシピが日本人向けに工夫されたこちらのほうが取り付きやすい。

 中級以上の発酵愛好家には勧めるまでもないだろう。すでにその人の本棚には『サンダー・キャッツの発酵教室』と『発酵の技法』が収まっているだろうから。

 発酵はとても自然で平和的な現象だが、サンダーによれば発酵はそれにとどまらない。最後に『発酵教室』から印象的な一文を引き出してみよう。

AGITATION
発酵と社会の変革について

「発酵」を意味する英単語“fermentation”には、「発酵」以外の意味もある。”ferment”という英単語のコアイメージは、広がること」「変化のための動きをあおること」だ。『アメリカン・ヘリテージ英語辞書』によれば、”fermentation”の第二の意味は「混乱、騒動、扇動」である。ぼく自身は、この意味においても”fermentation”というものにコミットしていると思っている。

変化の担い手として、ぼくは発酵と文化を操るもの(Cultural manipulator)であり、一種の破壊者であることを誇りにしている。

発酵食品がブクブクと泡をたてている。そんな菌や酵母たちが起こす変容の魔法を目にすることがあったら、想像してみよう、社会秩序に対して変容の泡を放ち、人びとを揺り動かす変革の担い手となった自分を。発酵食品をつくって、家族、友人、仲間たちに元気を与えよう。人びとに生命を謳歌させるパワーを秘めた素朴な発酵食品は、スーパーマーケットの棚に並んだ生命力のない工業製品とは正反対の存在なのだ。

変容をもたらす菌と酵母たちの活動からインスピレーションを得たら、こんどは、みずからの人生に変革をもたらす番だ。

 
『サンダー・キャッツの発酵教室』
SANDOR ELLIX KATZ 著
和田侑子&谷 奈緒子 訳
ferment books
¥1,600+税

『発酵の技法 世界の発酵食品と発酵文化の探求』
sandor Ellix KatZ 著
水原 文 訳
オライリー・ジャパン
¥3,600+税

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