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知床を未来へ継承するために、ゴールドウインと北海道斜里町が包括連携協定を締結
2021.10.20 Wed
さる10月9日、(株)ゴールドウイン(以下GW)と北海道斜里町の間で地域活性化に関する包括連携協定が締結された。ザ・ノース・フェイス(TNF)やヘリーハンセン(HH)などのアウトドアブランドを展開する同社と、国立公園であり世界自然遺産でもある知床を擁する同町は、今後、知床国立公園の魅力向上、子どもたちの自然体験の充実、自然と共生するサスティナビリティ社会の実現などを目的に、お互いのノウハウを活かしながら地域活性化に取り組んでゆくという。
締結式を終え協定書を手にした渡辺貴生ゴールドウイン代表取締役社長(左)と馬場隆斜里町長
メーカー各社も取り組む包括連携協定とは
はじめに包括連携協定について触れておこう。これは自治体が抱えるさまざまな課題について、民間企業がノウハウやサービスを提供するなどし、互いに協力しながら解決を目指していこうという取り組みのこと。当初は災害時の物資提供など防災を目的としたものが多かったが、徐々に福祉やまちづくり、地域活性化など多岐に渡るようになり、提携先の企業もまた専門性を持った幅広いジャンルに及んでいる。
アウトドア業界でも、70以上の県や市町村と協定を結ぶモンベルを筆頭に、エイアンドエフ、ロゴス、コロンビアスポーツウェアジャパン、スノーピークなど、多くのメーカーが各地の自治体と締結するようになってきた。内容はそれぞれオリジナリティがあるものの、大筋では近年のアウトドアアクティビティ人気を背景に、観光振興や環境保全、雇用創生などを目的としたものが多い。
もっとも、これまでも個々の事業について自治体と企業が連携すること自体は珍しくなかった。しかし、目的や部署を越えてより幅広い課題に対応するためには計画的な事業展開が必要であり、同時に特定企業と密接に関わることからその透明性も求められる。各地で包括連携協定締結の動きが活発化しているのはこうした背景もあるといえる。
気軽な自然体験の場としてファミリーにも人気のフレペの滝
斜里町におけるブランディング向上への取り組み
知床は1964年に国立公園に指定されたのち、秘境ブームや「知床旅情」のヒットなどもあり70〜80年代にかけて観光客やカニ族と呼ばれる若い旅行者が大挙して訪れた。その後もヒグマやワシ類、アザラシなどの野生動物の観察、あるいは日本百名山のひとつである羅臼岳登山を目的としたアウトドア志向の来訪者が増加。さらに2005年には世界自然遺産に登録され、各種のエコツアーやホエールウォッチング、流氷ウォークなどのガイド付きアクティビティが定着してきた。今もアウトドア派の間では絶大な知名度を誇り、憧れのフィールドのひとつといってもいいだろう。
しかし、地元の斜里町は必ずしも安泰な受け止め方をしていなかった。時間の経過や世代の高齢化などにともない、7、8年ほど前から「知床のイメージが弱くなってきているのではないか」という懸念を持ち始めていたという。そして世界遺産登録10周年を前に、観光産業としての知床のイメージを見直す取り組み=ブランディングに着手した。
秋にはいたるところで鮭の遡上が見られる
そのきっかけのひとつが、かねてから知床を撮り続けてきた写真家の石川直樹氏との関わりだ。石川氏は閉校が決まった朱円小学校の卒業アルバム制作や写真ゼロ番地と呼ばれるワークショップの開催を通じ、町民との交流を深めてきた。そこへJTBコミュニケーションデザインの初海淳氏らが加わり、クリエイティブディレクションの手法を使って様々なブランディングツールを開発してゆく。石川氏の写真を中心に斜里町の魅力を発信する雑誌「SHIRETOKO! SUSTAINABLE」の発行や、「知床トコさん」として親しまれるクマのキャラクターを使ったオリジナルグッズの製作販売などもその一環だ。
知床店限定のオリジナルTシャツと「知床トコさん」とコラボしたブランケット
GWとの包括連携協定の締結へ
一方で石川氏は自らがTNFの契約アスリートに名を連ねていたことから、20年来の付き合いがあったGWの森光常務に知床の魅力を語り、ともに何かできないかと持ちかける。共感したGWサイドは「アウトドアを文化に」の理念のもと、2018年春から斜里町と事業連携を開始。地元漁業者に対するHHサポートやイベントの協力などを経て、2019年5月にウトロの知床自然センター内に直営店「THE NORTH FACE/HELLY HANSEN 知床」をオープンさせた。旅行者や地域住民へのギア、ウエアの販売はもちろん、町や知床財団、漁業者らとともにアウトドアや産業の振興、環境保全に関する事業を進めている。また、前述の「知床トコさん」とのコラボ商品の売上から2年間で870万円を町に寄付している。
斜里町ウトロの知床自然センター内にある「ザ・ノース・フェイス/ヘリーハンセン知床店」。観光客だけでなく、地元住民の来店も多いという。
そんな3年半が経過した今秋、さらなるステップに進むために本協定を締結することになったという。
協定は「いつ、何をする」という義務的なものではないというが、連携項目および現時点でのアイデアとして以下のようなプランが上がっている。
1.知床国立公園の魅力や価値の向上に関すること……GW社員や契約アスリートとともに新しいアクティビティやフィールドの提案。課題となっている渋滞や駐車場問題の解決と魅力ある交通手段の開発。
2.アウトドアアクティビティの促進や支援に関すること……レンタル用品の充実。現在の道の駅周辺や国設知床野営場などを活用し、観光客と地域住民との交流拠点をつくる。
3.子供たちの自然体験活動の場の創出に関すること……斜里町で実施中の自然教室とGWのキッズネイチャープログラムを組み合わせ、より子供が楽しめるものを創出する。GW社員や契約アスリートと子供たちの交流をはかる。
4.地域産業との連携に関すること……すでに実施している漁業者へのHHアイテムの協力などを観光業などにも拡大。斜里町が力を入れているテレワーク事業との連携。
5.知床の環境保全に関すること……実施中のゴミ拾い活動やクマ対策など知床から発信可能な地球環境対策との連携。
6.マーケティング、ブランディング及びプロモーションの相互協力に関すること……町とGW双方のブランド力の向上につながる取り組みの連携。
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ヒグマをはじめとする野生動物との共存も大きな課題
今回の締結に際し、斜里町の馬場町長は「自治体経営がどんなに厳しくとも、知床を未来に継承していく責任がある。GWとの連携を通じて知床が活力を維持し、サスティナブルな地域となるよう頑張りたい」と意気込む。
一方のGWの森氏もまた「じっくり取り組むためにも(新たに他の自治体と協定を結ぶなど)むやみに手を広げるつもりはない」という。そのうえで国立公園の保全に関わることや体験型アクティビティなどを提言していきたいとのことだ。
知床という日本を代表するアウトドアフィールドを擁する町と、TNF、HHというアウトドアブランドが手を組むことで、どう影響し変化を与えていくのか。今後に期待するとともに注目していきたい。
(取材/文と写真=長谷川哲)