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15億本のペットボトルをフリースに変えた、ポーラテックのエコ・エンジニアリングとは!?
2019.10.11 Fri
国連の気候行動サミットによると、全世界の温室効果ガス排出量は記録的な水準に達し、いまだピークに達する気配を見せていない。過去4年間は記録が残る中で最も暑い4年間となり、北極圏の冬の気温は1990年から3℃も高くなっているという。
「私たちは大気汚染や熱波、食料の安定確保に対するリスクの高まりを通じて、気候変動の健康に対する影響が生命を脅かすほど大きいことを認識し始めています」
こんなに回りくどい物言いになるのは、立場のちがうさまざまな国に配慮しているからだろうか。それに比べて、グレタ・トゥーンベリさんのスピーチはまっすぐ心に響いた。「ふざけるな、冗談じゃない」と突きつけられた。もう待ったなし。しかも、人ごとじゃない。なにより深刻なのは、このままでは子どもたちに迷惑をかけてしまうということだ。そのことを、私たちははっきり自覚するべきだろう(Akimama読者の多くは、たぶん「大人」側ですよね?)。
何者でもない私たちにもできることはある。そのひとつが、正しい製品を選ぶこと。環境にできるだけ負荷をかけない物づくりはいまや常識になりつつあるが、メーカーが発信するプロモーションだけでなく、使っている素材からもそれは伺える。
ポリエステルフリースを世界に送り出したポーラテックは、1993年にはペットボトルをリサイクルした糸による再生フリースを開発した。近年でいえばネオシェルやアルファのような、新たなトレンドを生み出す強力な高機能素材を開発する一方で、変わらぬエネルギーを環境問題に注いでいる。ポーラテック・エコ・エンジニアリングと呼ぶその最新の取り組みについて、来日したインターナショナル・プロダクト・マネージャーのトーマス・カレラさんに話を聞いた。
トーマス・カレラ(Tomas Carrara) ヨーロッパとアジア地区を担当するポーラテック社のインターナショナル・プロダクト・マネージャー。仕事は、ポーラテック社とウェアメーカーの橋渡しをすること。メーカーの要望を社につたえ、できあがった生地をメーカーに渡してテストウェアをつくってもらい、そのフィードバックを社に持ち帰って改良。それを繰り返して製品化する。今日は東京。来週はスカンジナビアで、そのあとはオーストラリアとイタリア。世界を股にかけて駆け回る。
「ポーラテックのエコ・エンジニアリングとは、原料の選定から製造を経てマーケットにたどり着くまでのすべての行程がグリーンでサスティナブルだということです」
原料は、糸の段階からサスティナブルなものを選定している。代表的なものはペットボトルからリサイクルしたポリエステル。そのほかもほとんどは化学繊維になるが、いずれも「よりエコロジカルなもの」が選定基準となる。製品は、ブルーサインとエコテックスの認証も受けている。
ブルーサイン(左)とエコテックス(右)の認証ラベル。
ブルーサインとは、製造段階で環境への負荷を抑えた製品に与えられる認証で、世界でもっとも厳しい基準と言われている。具体的には製造工場の土地や水にインパクトを与えないこと。たとえばフリースはニットを掻いて起毛させるが、そこで出てしまうケバを工場の外に出してはならない。また、染色などの行程で使用した水もきれいにしてから排出している。さらに煙も、清浄してチリなどを外に出さないよう厳格に管理している。
一方のエコテックスは製品の安全性を認証するもので、端的にいえば「着たときに肌に悪い影響を及ぼさないもの」に与えられる。消費者に対してリスクがないこと、安全であることを示し、幼児の服などでもよく見られる。日本ではまだまだ知られていないが、欧州では「エコテックスのラベルがあるかどうか」が購買の基準にもなるほどだという。
リサイクル・フリースはひとつの象徴だが、そのスケールは巨大だ。
「私たちはこれまで15億本のペットボトルからフリースをつくってきました。現在400品番ほどある生地のうち40品番は100%リサイクル、200品番は50%以上がリサイクルした糸でつくられています。扱う素材はポリエステルが中心ですが、マーケットに大きな変化を起こしたという自負があります」
エコ・エンジニアリングから生まれた断熱素材“パワーフィル”と“パワーエア”
これから冬にかけて登場する素材も、エコ・エンジニアリングの賜物だ。
パワーフィルは、100%リサイクルでつくられたポリエステルの中綿素材。耐久性が高く、長年使えるという特徴をもつ。
「化繊の中綿は、通常“スクリム”と呼ばれる不織布に挟まれています。短繊維でつくられる中綿は、このスクリムがないと形を保てないので持ち運びができません。しかし、私たちのパワーフィルは、このスクリムを必要としません」
パワーフィルは、100%リサイクルポリエステルの中綿。綿自体で形状を保てるためにキルティングを施す必要がなく、伸縮性やしなやかさのような、中綿がもつ性質を最大限に活かせる。
ウェアの製造時、スクリムはそのまま縫いこむか、剥がして捨てるかのどちらかになるが、残しておくと伸縮性を阻害するし、剥がして捨てると手間とゴミが出る。それに対してパワーフィルはキルティングの必要もないほどにしっかりしていて、洗濯しても簡単には偏ったりちぎれたりしないという。
「ですから、綿の機能を余すことなく活かせるんです。中綿を使うパフィーなジャケットは以前からありますが、ステッチを減らせるのでデザインの自由度も高くなります」
ミレー/ハイブリットエアロフトフーディ 前身ごろにパワーフィルを使用し、厳冬期のアルパインクライミングからバックカントリースキー/スノーボードに適した今期のニューモデル。扱いやすいパワーフィルは他素材との親和性も高い。¥25,300。
もうひとつの素材パワーエアは、昨今顕在化したマイクロファイバーによる水の汚染を減らすことをめざして考案された。
「シェディング(ケバの抜け落ち)はどんな生地でもありますが、短く起毛されたフリースはそれが出やすい生地です。製造行程でもケバは取るようにしていますが、ユーザーが洗濯するとどうしても抜け落ちてしまいます。それを解消できないかと考えてつくったのがパワーエアです」
開発のヒントになったのは、梱包用のバブルラップ(いわゆるプチプチ)だった。
「空気は最高の断熱素材です。フリースは起毛したところが空気を捉えてあたたかさを出していますが、パワーエアはひとつひとつのグリッドに空気を閉じ込めています。起毛させるということは繊維を傷つけるということですが、そうしていないためにフリースに比べてシェディングを1/5に抑えることができました」
パワーエアは、マイクロファイバーによる海洋汚染の元となるシェディング(ケバの抜け落ち)を抑えるために開発された素材。グリッドの中にはイラストのように繊維が詰まっている。
グリッドのなかには繊維が入っている。トマスさんは、「ポップコーンのようにはじけた繊維が詰まっている」と説明してくれたが、それ以上は企業秘密のようだ。聞き方を変えて何度か尋ねてみたが、聞き出すことはできなかった。
「パワーエアはシェッドロスに繋がるだけでなく、生地そのものもとてもユニークです。起毛していないので袖を通したときに滑りやすいし、ドレープが美しい。2方向のストレッチ性があってフィット感もいい。空気の層が体に近いのであたたかさを感じやすいし、フリースに比べると防風性も高い。ポーラテックで15年以上働いていますが、とてもおもしろい素材ができたと思っています」
フーディニ/パワーエアフーディ パワーエアを使用した最初の製品。ウィメンズモデルもあり。独特の質感をもつパワーエアは、アウトドアウエアメーカーだけでなく、多くのファッションブランドからも注目されているという。¥30,800。
グリッドのサイズやボリューム感はいろいろなチューニングができるようだ。見せてくれた生地サンプルのなかには、アルファに似た質感の薄手のものもあった。ハードフェイスにしてDWR(耐久撥水)加工を施したものも考えているというから、バリエーションの広がりに期待したい。
2020年、自然に還るポリエステルのウェアが生まれるかもしれない
今年はじめに行われたISPO(イスポ=世界最大のスポーツ用品展示会)において、ポーラテックは重大な発表を行なった。
「私たちはいま、ユニファイという会社といっしょに生分解性のポリエステル糸を開発しています。ゴールとしては、2020年には生分解性の製品をローンチしたいと考えています」
はじめにポリエステルに取り組んでいるのは、ポーラテックがもっとも大量に使っている素材だから。生分解性ポリエステルの製品化に成功したら、次はポリウレタン、そしてナイロンに取り組み、いずれはすべての素材を生分解性のものに変えていきたいと話す。
「生分解性を実現するなかで問題になるのは、土や海に還るのにどのくらいの時間がかかるのかということです。いま私たちが手がけている糸は、ウールと同じくらいのスピードで土に還り、これはまぁ悪くない方です。ただし、現在はまだ糸の段階で、これを生地にするためにはまたひとつ壁を越えなければいけません」
多くの国や企業が生分解性の素材に興味を示しているが、なにを持って生分解性があると認めるのか、その基準づくりも複雑で難しい。アメリカではそうした基準づくりも進んでいて、それを定める過程にもポーラテック社は関わっているのだと教えてくれた。
「ひとつめはリサイクルの糸。ふたつめが生分解性の糸。すべての素材を生分解性に変えていくのが目標ですが、それと付随して大事にしているのが長持ちする製品をつくるということです。20年以上ももつような製品をつくること。結果的にはそれがいちばんエコでしょう。そうして、使われなくなったらそれをリサイクルする。あるいは、山で落としてしまっても土に還っていく。それが、ポーラテックが取り組んでいるエコ・エンジニアリングのめざすところです」
(文=伊藤俊明 写真=岡野朋之、ポーラテック)