- 山と雪
THE FIELD OF HEAVEN 第1回『BCガイド 沼野健輔』前編
2012.12.26 Wed
バックカントリーは敷居が高い。
だからガイドが必要だ
僕らはアウトドアが大好きだ。どかんと広い空の下で、キモチイイ時間を幸福に過ごしたいと思っている。が、そこにはナイスな場所とそうじゃない所がある。もっと言っちゃえば、命に関わる危険な場所だってあるのだ。
なかでもバックカントリー、つまり自然の雪山を滑るスノーボーディングは敷居が高い。確かに僕らが滑りたいのは呆れるほど広い斜面をなめらかに覆う面ツルヒザ腰どんぶかパウダーだ。けれど見た目にはものすごく美しく魅力的で心躍る斜面だとしても、そこが本当に安全なのかという判断は難しい。斜面の安全性は? 万一雪崩が起こった場合の回避策は? もしも雪崩に埋まった場合の救助体勢は? すべてのアクシデントに対応できるようになるためには、僕ら自身に勉強が必要だ。けれど、その勉強を独学でじゅうぶんなものにする頃には、僕らはおじいちゃんになってるかもしれない。だから滑りたい今、見る目がある人が判断した安全な斜面に、長くその土地に暮らしている人だから分かる雪が安定した時期を見計らって、経験を積んだ山の知識がある人に連れて行ってもらう。こうして最高の場所に安全策を持って案内し、グッドコンディションを堪能させてくれる。それがバックカントリーガイドだ。
ゲレンデのいいところをピンポイントで。
その後にプライベートエリアへ
沼野健補(ぬまの けんすけ)
その昔は有名メーカーの契約ライダーとして世界のハーフパイプコンテストを転戦していたプロスノーボーダーだったという経歴の持ち主。現在は群馬県片品村で「HighFive MountainWorks」を主宰。上越国境や関東山地の山々をフィールドに、スノーボードを使った冬山ガイドを行う。夏は一般登山のガイドとともに、群馬県の「義務教育の期間中に一回は尾瀬を体験しよう」という『尾瀬学校』のガイドとして自然体験や環境学習にも参加。日本山岳ガイド協会認定ガイド、JAN(日本雪崩ネットワーク)レベル1、日本赤十字社認定救急員、片品村山岳ガイド協会事務局長
photo:KUWAPHOTO.COM
まず今回のガイド、ヌマケンさんのメインフィールドから紹介しよう。ベースにしてるのは群馬県片品村の「スノーパーク尾瀬戸倉」というスキー場。滑り応えのある急斜面から、ジャンプ台などを備えた中斜面、ファミリー層でも安心して楽しめる緩斜面までコース数は多く、バリエーションも幅広い。しかも、雪質は上々。関東山地の北部に位置するゲレンデだけに、北西の季節風が入ればドライな雪がたっぷりと積もるのだ。
さてさて冬のガイドはたいてい自然の山をフィールドにしてるけど、ヌマケンさんスキー場だ。はてさて、スキー場にガイドなんて必要なんだろうか?
「それ、よく聞かれるんですよね。まず『ハイファイブ・マウンテンワークス』のガイドコースには2種類あるんです。ひとつはGPGって呼んでるプログラム。“ゲレンデ・パウダー・ガイド”の略で、ゲレンデの中をガイドしています」
ちょっとまって。そのゲレンデの中をガイドってのがよく分からないんです~。
「あ、なるほど。僕らはこのスノーパーク尾瀬戸倉を、もう10年以上も滑ってるんです。だからどんな風が風が吹いたらどんな雪がどの斜面に溜まる、っていうのが分かってるんです。GPGは午前の部でゲレンデ内のいい場所を、気持ちよく滑れるように順に案内します。みなさん柔らかい雪を滑りたくていらっしゃってるのは分かってますから、そういう場所へ。でも、そこはササッとつまむだけです。ゲレンデ内しか滑らない人もいますから、全部食い散らかすようなお行儀の悪いことはしません。
あとはゲレンデ内っていうのは滑走条件が整えられてるんで、練習しやすいんですね。午前中はお客さんの滑りを見ながら、こうしたら不整地でももっと上手くターンできますよ、っていうようなアドバイスをするんです。スノーボードって我流でやってる人が多いから、ちょっとのことで滑りはものすごく変わるんです」
なるほど、まずはいい場所を楽しく滑ることで上手くなる、と。確かに上手くなることは喜びに直結してる。それに滑りが上達すれば、それだけ危険回避能力も高くなる。言い換えれば、フィールドでのアクシデントを避けられる、というわけだ。うんうん、それは納得したけれど、僕らが滑りたいのは深雪で……。
「ですよね(笑) ですから午後はそういう場所へ。っていうのも、僕らはスキー場といくつかの約束事を守ることで特別に滑走を許可してもらってるエリアがあるんです。
もちろんそこは、一般の人は入れません。『スノーパーク尾瀬戸倉』のコース外は本当に危険で、ケガしても救助用のボートさえ入れられないような場所が多いんです。ですからコース外滑走は厳しく禁止されています。が、僕らのようなガイドがついていれば滑れるんです。まぁ言い換えればGPGのプライベートエリア、ですね。ムフフフフ」
ってことはつまり?
「他の人はいません。僕らだけです。コース取りも、どう滑るかも、すべてガイドとお客さんとで話し合って決めます。それにGPGは歩いて斜面を上がるハイクがないんです。だから体力に自信がない人でも参加できますしね」
ゲレンデ内のスイートスポットを巡り、上手くなり、その後は単独なら絶対に許可されない特別エリアで練習の成果を噛みしめる。ここまで聞いただけで、なるほどこりゃガイドさんナシには楽しめないかもなぁ。