- 山と雪
バリ島のバトゥール山という山に登ってみた
2013.12.15 Sun
渡辺信吾 アウトドア系野良ライター
インドネシアのバリ島。南国のリゾートとしてお馴染みのディスティネーションだ。しかしバリでトレッキングというとおそらく日本人にはあまり馴染みがないと思う。ヨーロッパ圏からの旅行者を中心にバリ島でのトレッキングが人気となっているらしい。今回バリに行く機会があったので登ってみた。
バリの山はバリ・ヒンドゥ教における信仰の対象である。ガイドなしでのトレッキングは認められていないらしいが、これは信仰のためか、ガイドの収入源を確保するためなのかは定かでない。いずれにせよ一般的に催行されるガイドツアーは、バリの最高峰アグン山(3031m)とバトゥール山(1717m)のツアーだそうだ。比較的容易に登れるバトゥール山からご来光を見るサンライズトレッキングツアーが人気だ。今回、私もこのツアーに参加した。
バトゥール山について簡単に紹介すると、バリの北東部、キンタマーニ高原の中心にある活火山で、記録にあるだけでも1800年代から26回の噴火があったとされる。1999から2000年にかけて続いた小規模な噴火がもっとも新しい噴火歴となる。もともとは3000mを超す山だったらしく、火口山であるバトゥール山を取り巻く外輪山の一つにはバトゥール山よりも高いアバン山(2151m)がある。Googleマップの航空写真からはその全容を見ることができ、数万年前に起こったであろう壮大な火山活動にも想いが及ぶ。
さて登山の話に戻ろう。サンライズトレッキングツアーは夜中の1時半ぐらいホテルに送迎車が来るところから始まる。約1時間半の車移動の後、集合場所となるホテルのレストランで軽い夜食、山ガイドの車に乗り換えて約30分程で登山口に到着。朝4時から登り始める。雲一つない夜空には満天の星。見慣れない位置にオリオン座を見つけた。ここは日本ではないという実感が沸いてくる。
登山口の標高は約1000m、山頂までは約700mの標高差。いくつものルートがあるらしいが、今回登ったのは最短で山頂をめざす東側のルートだという。先導の山ガイド1名と我々、そして日本語がしゃべれるツアー会社のガイドも同行してくれた。山ガイドに導かれ暗い森の中をヘッドライトで足下を照らしながら歩く。風のない森の中は蒸し暑く汗が噴き出してくる。1時間ほど歩を進めると、森が切れて溶岩がむき出しになった山肌に出る。やや斜度はきつくなる。ところどころ手を使って登る箇所もある。風がある分、暑かった森の中よりもいくらか気が楽だ。日の出までにはまだ時間はあるが、東の空が紅く染まりはじめた。夜空とのグラデーションが美しい。
これはキレイなご来光が期待できるかと思っていたら、ガイドが「これから雲が出てくる」みたいなことを英語で言った。そんなものなのかと思いながらも「アーハ〜ン」と相づちを打ってまた登りだす。山頂まで残り15分ぐらいというところから靄がかかってきた。やっぱりガイドの言うことは正しい。火口部のリッジ、富士山で言うところのお鉢に取り付いた時には強い風と横殴りの雨粒。濃い霧のせいで深さまでは見えないが火口側はスパッと垂直に切れ落ちているようで怖い。火口側をあまり意識しないようにしながらお鉢を反時計回りに登って行く。
ついに最高地点に到達。やった!でも視界は20mぐらい。つまり雲の中。景色もご来光もあったもんじゃない。同行してくれたツアー会社のガイドによると「今年来るのは7回めだけど、こんなに見えないのは初めて」だとか。山ガイドは「今日は高い雲が来てる」と言った。たしかにこの時期は雨季に当たる。確率的にも仕方ない。絶景を求めるなら登る時期も考えた方がいい。
山頂には雨風をしのげる程度のシェルターと、その裏に小屋番が寝泊まりしている小屋がある。今回のツアーには山頂でのコーヒーと朝食のサービスが付帯していたので、到着した我々に小屋番がコーヒーを出してくれた。ジョッキいっぱいのバリコピ(コーヒーの粉にお湯を注いで上澄みを飲むスタイルのコーヒー)に大さじ2杯のブラウンシュガーをぶち込んで飲む。おいしくはないがうれしい。目玉焼きとハム、チーズを挟んだホットサンド、それと茹で玉子と蒸しバナナも出てきた。バトゥール山は硫黄臭い火山ガスは出ていないものの、地熱が高いらしく小さな洞穴から熱い水蒸気が噴出している。その洞穴に草を敷き詰めてカゴに並べた玉子をしばらく置いておくとゆで玉子ができあがるのだ。ゆで玉子というよりは蒸し玉子?温泉玉子? 殻をむいてみると固ゆでだった。これはおいしかった。
食事をしながら雲が切れるのを待った。完全に雲が切れることはなかったが、少し薄くなった時に雲間から朝日が見えた。火口側も少し見えて来た。案の定、垂直の崖となっておりボトムまでは400mぐらいあるらしい。柵も鎖もなんら施されていないむき出しの崖。下腹部がゾワッとする。
お鉢はぐるり1周できるわけではなく、南側が切り欠けた形状。ピークでしばらくステイした後、切り欠けの方に向かって下って行った。途中にピークと同じような休憩所的なシェルターがあって、そこまで登って日の出を見てそのままピークをめざさずに帰るという初級ツアーもあるらしい。この辺で雲よりも下に出たのか、眼下には広大なバトゥール湖が全貌を現してきた。バリ最高峰のアグン山も三角錐のシルエットを少しのぞかせてくれた。比較的新しいと思われる黒い溶岩流の跡も見渡せる。浅間山の鬼押し出しのようにも見える。
火口のボトムに近いところまで降りてくると、真新しい記念碑が建っている。2012年の9月にナショナルジオパークに認定されたらしくその記念碑だそうだ。この周りには猿もたくさん生息している。ニホンザルとは少し違う尻尾の長い猿。山ガイドが朝食の余りの蒸しバナナを与えていた。バリでは猿も神聖な生き物なのだそうだ。
その後、登って来た方向へトラバースして登山口へ下った。夜にはちゃんと見えなかったが登山口付近にはバトゥールを祀る寺院があった。バリ・ヒンドゥにとって山は今なお信仰の対象であり、現地の人たちはお寺の祭事として年に数回代表者が登っているらしい。牛の頭など生贄を捧げて安全と平和を祈るのだ。バリではテロなどの人災以外、大きな地震や津波、台風のような天災がほとんどないらしく、それはバリ人の信仰のお陰だと信じられている。山や自然に対する信仰は日本にもある。逆説的に捉えるなら、日本を襲う天災の数々は、日本人の信仰心の薄まりを自然が警告してのではないか?とすら考えてしまうのは私だけだろうか。
それはさておき、トレッキングとしては普段山に登り馴れている人ならイージーな山だろう。ガイドなしでは登れないルールもあるのでガチガチの装備は必要ない。ただし体温調節できるウェアは必要。登り始めは暑いし、ピークはそこそこ寒い。タンクトップで来ていた欧米人がいたけれど、たぶん我々日本人と彼らとは皮膚感覚や耐寒温度が違う。
パワフルな自然の景観や現地の人たちの信仰など、自然的にも文化的にも見る価値はある。となると次はアグン山にも挑戦してみようかなとも思う。波乗りからのアグン山。標高差3,000m超のシー・トゥ・サミット。いつの日か……。
(文・写真=渡辺信吾)