- 山と雪
シカ、イワナ、カエル、ヘビを食料に山登り!『サバイバル登山入門』
2015.02.03 Tue
藤原祥弘 アウトドアライター、編集者
TV番組『情熱大陸』でお茶の間に衝撃的なデビューを果たして以来、圧倒的な存在感で発信を続けている山岳ジャーナリストの服部文祥氏。
氏は「自然に対してフェア」であることを自身に課す「サバイバル登山家」。時計、ライトなどの機械類はおろかテントさえ持たず、携行する食料は玄米といくらかの調味料だけ。それ以外の食材は、道なき道を頂上へ向かう道中で釣りあるいは猟で得る。
そんな山行の技術のエッセンスをまとめたのが、氏の最新刊『サバイバル登山入門』だ。
本書は「計画を立てる」「装備を調える」「歩く」「火をおこす」「食べる」「眠る」の6章に分けて、サバイバル登山の哲学と技術を解説している。
一般の登山教書と比べて、各章のタイトルも類を見ないものだが、内容はさらに独創的。
本書の1/3程度を占める「食べる」章は、山での食料の調達方法について解説されているが、なんとそのうちの半分は猟銃による狩猟と解体に割かれている(登山の教書なのに!)。
ほかの教書では大きくは扱われない「火をおこす」「眠る」にそれぞれ1章が費やされる反面、専門書も多い「地図の使い方」に割かれているのはなんとたったの3ページ。このなかから、本書の精神をよく表している部分を抜き出してみよう。
サバイバル登山の場合、登山道を離れているので「道に迷う」ということはない。 〜中略〜 現在地がわからなくなったら、とりあえずコンパスで方向だけ定めて、ゴリゴリと進んでみればいい。見晴らしのいいところに出て周囲を観察すれば、自分がどこで間違えて、どこにいるかわかるだろう。
もちろん「入門書なのに不親切だ!」なんて怒ってはいけない。本書はあくまでも「サバイバル登山」の入門書。中級以上の登山者が、自分の登山を高めるためのヒント集とするのが本書の正しい楽しみ方だ。
基本的な登山技術は他書に譲り、氏の登山遍歴から抽出された重要なエッセンスだけを凝縮したことに本書の魅力がある。
もうひとつの見どころは、随所に挟まれるエッセイ。それらには登山、野外活動、狩猟採集への思索を続けた氏の最新の考えが記録されている。
氏の初期の作品を読むと、携行する道具の選定の基準や、殺生に対する姿勢に未消化なものを感じるが、本書に至って、氏のサバイバル登山に対する哲学は清明さを増している。
とくに深められているのが、獲物を自身の映し鏡とした死生観と狩猟観。最近の狩猟ブームにのって、硬軟取り混ぜさまざまな狩猟本が刊行されているが、「獲って、食べる」行為についての思索は、それらと比べても格段に深いものが寄せられている。
高所登山に傾倒した青年期から、現在のスタイルを確立するまでの経緯は本書でもかいつまんで解説されているが、氏の既刊を未読の場合は、初の著書である『サバイバル登山家』から刊行順に読み進むことをおすすめしたい。きっと、氏の思考に寄り添って旅するような感覚が得られるはずだ。
全288ページを尽くして、本書はこんなあとがきで結ばれる。
見たい、知りたい、といつも思っている。表面上ではなく、深く深く見たい。深く深く知りたい。深い体験ができたとき、「わかった」という感覚が体の中を通り抜けていく。一瞬の戦慄のこともあれば、じんわりとあとからくる「わかった」もある。同じような体験をぜひまたしたいと思う。そして山に向かう。
異端の登山家は、山に向かう姿勢において、誰よりも王道を歩んでいる。
服部文祥=著
スズキサトル=イラスト
撮影=菅原孝司
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