- 山と雪
ピッケルのバンドはいらない。雪山実践講座ーーWIN THE SUMMIT ACADEMY
2015.08.28 Fri
2014-15年のコロンビア登山学校。机上講習会から岩登り、積雪期と登山と実践を積み重ね、めざすはヒマラヤ6,000mです。いまは季節外れの夏なれど、来年に向けての脳内イメージづくりは大切なこと。今回はビジュアル重視で、雪山実践講座です。
過去2年間に実施されているSTEP2および3の雪山講座は、北アルプスの立山や中央アルプスの宝剣岳、八ヶ岳の赤岳などが舞台となりました。
14年6月に行なわれた宝剣岳の講座にて。当初、この日の実践講座の予定地は富士山でしたが、前日からの観測雨量が規定値を超えてしまい、急遽、場所を変更して行なわれることに。代替地は、千畳敷カール。ロープウェイで一気に標高を稼げるうえ、標高の高い千畳敷は、6月のこの時期でも残雪が豊富で雪山訓練をするにはもってこいの場所です
そして、こちらは15年2月の赤岳。厳冬期だけに、風雨はかなり強く山頂まではたどり着くことができず。とはいえ、赤岳鉱泉をベースにジョウゴ沢でのアイゼンワークやアンザイレンの訓練を実施。写真は、登高器の使い方を近藤さんに学んでいるところ。また、赤岳登頂は途中断念とはなったものの、文三郎尾根をかなり上までは登りました
14年の講習会ではホテル千畳敷をベースに、初日にカールの下部でアイゼンワークの基本を学び、2日目には実践編となりました。ガイド1名、参加者2名の小パーティを組んでアンザイレンをしつつ、八丁坂から乗越浄土経由で宝剣岳をめざし、極楽坂を下りて千畳敷の駅へと戻るルートをとっています。カールに積もった雪面の急斜面、宝剣岳へと続く岩と雪の混じり合ったミックスルートなど、地面もさまざまな表情を見せてくれます。実際に歩きながら、状況の変化に対応できるようなさまざまな技術を学んでいくというわけですね。
まずは、装備のチェックから
このときの講師=ガイドは国際山岳ガイドの近藤謙司さん、草嶋雄二さんほか、3名の精鋭ぞろい。まずは、ホテルの一室で草嶋さんが参加者全員の装備をチェックします。一般的な雪山装備はもちろん、今回は高所登山のシミュレーションでもあるので、相応の装備が必要となってきます。登山靴は冬用でアイゼンの装着ができ、保温性があるものを。アイゼンは最低でも10本、できれば12本のものを。ピッケルは縦走用を、ハーネスは自分のサイズにあったものを、ヘルメットももちろん必要です。そのほか、ビーコンやゴーグルまでのフル装備。
部屋のなかではありますが、草嶋さんは全員に装備の装着を指示し、ひとりずつチェックを進めていきます。みな、高所をめざす面々だけに、装備は第一級のものを揃えています。もちろん、ほぼすべてが自前(AGでは、希望者にレンタルをする場合も)。これだけ揃えるのは、なかなかに費用もかさむものの、自らの命を預けるのであれば、けっして高い買い物でもないですよね。
「これが、安全環付きのカラビナです。スクリュー式のものを選んで欲しいです。登高中のことをを考えると、ワンタッチ式の使いやすさよりも、安全性を考えた方がいいから」とは、ガイドの草嶋さん
「あと、手袋なんかもしっかりとチェックしておいた方がいいですよ。薄手と厚手とオーバー手袋を重ね合わせるのがふつうだけど、寒さにも強くかつ操作性のいいものを選ぶべき。高所では素手の露出はありえないから、準備の段階でいろいろと試してみるといい。オーバー手袋は、できればミトンタイプがいい。指と指の間に空気の層ができるから、より保温性がよくなる」
こうして、ひと通りのチェックを終えたら、今度は冬靴を履いてホテルの外へと移動しました。
アイゼンの装着と歩行
フル装備に身を包んだ参加者たちは、思い思いにスペースをみつけ、アイゼンの装着をはじめます。ガイドのみなさんは各人の状況を目で追いつつ、準備の手際のよさなどを確認している様子。装着が甘いときはサポートをして、的確にみなの足元を固めています。
アイゼンは靴底の全面をカバーする本格的なもので、12本が理想的。アルミの柔らかいものよりも、モリブデン鋼やステンレスのがっちりしたものが高所登山では安心感がありますよ。ワンタッチタイプなのか、セミワンタッチなのか、アイゼンにもそれぞれあるけれど、重要なポイントは事前に冬靴との相性を理解しておくことが大切です。ソールに硬いシャンクの入った靴でなければアイゼンは付けられないのはもちろん、アイゼンのかたちとソールのかたちが合わないこともあるので、注意が必要です
アイゼンをしっかりと装着したら、足慣らしの意味を混めて空身のままで雪上へ。ここでは、アイゼン歩行の基本を学びます。この先は、近藤さんと草嶋さんの2チームに分れての講習会となりました。
「雪上をアイゼンで歩行する場合、つねに意識しておかなければならないのは、靴底全面を使ってフラットに置くということ。これをフラットポインティングといって、つまり、すべてのツメを有効に効かせることがポイントとなります。前ヅメだけを使うような場面は、氷壁や急な斜面などを登るときだけ。もちろん、フロントポイントが必要な場合はありますけどね」とは近藤さん。この点を意識していれば、雪面に対してどのような足さばきが必要となってくるかが、必然的に分かってくるようになるはずで、無理な傾斜でいいかげんに足を置こうとはしなくなるというわけですね。
「足運びをていねいに、という考え方も大切。大股で歩くようなことはせず、つねに小股でバランスを崩さないように。あとは、なにもつねに上に向かっていく必要はないという点も大事。足がフラットに置ける部分を探しつつ、横向きに階段を登るように足を運んでみてもいい。これは、フレンチテクニックという歩き方だけど、つねに同じ筋肉を使っているとすぐに疲れてしまうから、正面歩きとこのテクニックを交互に入れ込むことで、長時間歩行が可能になるという利点もあります」
とくに意識すべきは、山の斜面に対して身体の重心がどこにあるかという点。重心移動を身体がしぜんに学ぶことができれば、足さばきもより確実なものになっていくはず。そして、その歩行をサポートし、滑落を抑止するためにあるのがピッケルです。
ピッケルからはバンドを外すべし
ピッケルのバンドは要らない。これは、近藤さんの流儀。経験からの話も加味されてのことですが、万が一にも転倒や滑落をしてしまった場合、ピッケルと身体がバンドで結ばれていることでのマイナス面を考えてのこと。ピッケルで身体を止められるのは、ほんの一瞬の判断でしかありません。もし、そこで止められずに滑っていってしまえば、斜面を転がり落ちる身体とともに、バンドにつながったピッケルが凶器となって降り注いできます。
「だから、ピッケルにはまったくバンドは付けない方がいい。手首とピッケルをつなぐ方法のほか、初心者がよくやるシュリンゲで身体に巻き付けているのはもっと危険なので止めておいた方がいい。むしろ、バンド類を付けずに手に一体化させて、つねに握っている感覚を覚え込ませるようにするべき。ヨーロッパのガイドでピッケルにバンドを付けている人は稀ですね」
今回のような登山では、ピッケルは縦走用を選ぶ。登攀用のピッケル(バイル)は、シャフトが曲がっていたりして、氷壁に打ち込むためにつくられているもので、縦走用とはまったくちがったものと考えて問題ありません。縦走用のピッケルは、歩行用の補助杖として使われることがほとんどなので、雪面にしっかりと立てやすいストレートなシャフトがいちばん使いやすいのです
訓練のため、この日はガイドひとり、参加者2名にてアンザイレンを組むまでを実施しました。ピッケルをタガーポジションに持ち、ロープに適度なテンションを保たせたまま、急な斜面を登ってみたり、急な斜面を下ってみたり。ロープでつながれているだけで気が引き締まるのか、参加者たちの顔にもヨロコビと緊張がないまぜになった表情が浮かんでいます。
そして、翌朝。宝剣の空は朝から晴れ渡り、絶好の登高日和になりました。昨日学んだことをしっかりと思い出しながら、実際にカールを登り、山頂へも難なく登頂!! こうやって実践の場を積み上げていくわけですね。
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コロンビア登山学校は、登山の基本を学ぶ場所。ひとつずつの積み重ねが、いつしか憧れの頂へとつながっていきます。この登山の醍醐味を味わいながら訓練を続けていけば、夢はいつしか現実のものに……。
行くぞネパール、6,000mへ!! 15年の赤岳での雪山実践講座にて、参加者全員で
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