- 山と雪
韓国最高峰・ハルラ山へ! 高橋庄太郎氏がゆく済州島REAL BACKPACKING
2017.05.30 Tue
高橋庄太郎 山岳/アウトドアライター
Akimama夏の大特集【REAL BACKPACKING WITH GREGORY】では、冒険家からさすらいの旅人まで、様々なアウトドアのプロフェッションナルをフューチャー。今回は、今や毎月〝登山専門誌で姿を見ない号はない〟という人気フリーライター高橋庄太郎さんが、お隣の国で体験した山旅を綴ります!
山と旅の道具を背負い、いざ韓国へ
韓国は僕が好きな国のひとつだ。
なぜか?
まずは、人がいい。これまでに出会った人はみんな本当に親切で、友達として長く付き合いが続く人もいる。昨今の日韓関係の悪化は、韓国人と付き合ったことがない日本人、日本人と付き合ったことがない韓国人が引き起こしているに違いない。
そして、メシがうまい。ひょっとしたら、僕は和食よりも韓国料理のほうが好きなのではないかとさえ思うほどだ。
山好きが多いというのも、共感がもてる。季節を問わず、日本の山で韓国人を見かけることも、もはや珍しくない。
そういえば、以前、エベレストのベースキャンプまで歩いたとき、高山病でフラフラになった僕を助けてくれたのは、韓国の人だった。たまたま宿でいっしょになった韓国登山隊の医師が、僕の手のツボにいくつもの針を打ち、頭痛と息苦しさをぐっと軽減してくれたのだ。食欲があるならばと、キムチ風味のスープもごちそうしてくれたっけ。
だけど、韓国の自然はどうなんだろう……。僕は以前、韓国の名山・雪岳山(ソラク山)の麓に行ったことはあるが、韓国の山を本格的に歩いたことはないのだった。
そんなわけで、僕が今回向かうのは、漢拏山(ハルラ山)。標高1,950m、韓国の大リゾート地であり、韓国唯一の世界自然遺産でもある済州島(チェジュ島)の中央に位置する、同国の最高峰だ。その山頂部には大きな爆裂火口があり、迫力ある景色が広がっているらしい。その国の最高峰で火山という意味では富士山、世界遺産の島に屹立する山という意味では屋久島の宮之浦岳。そんなイメージが重なる。
今年の春、僕は日本海(韓国では東海といいたいのだろうけど……)に浮かぶ済州島へ飛んだ。
今回のお供は、グレゴリーの「ズール35」。夏場の小屋泊まりに重宝しそうな容量で、日帰り登山ならばかなり余裕があるサイズ感だ。一方、無駄な荷物を減らせば、今回のような近場の海外旅行にも便利な大きさである。
初日は日本からの移動のみ。僕はホテルに荷物を置くと、街のなかを早速ブラつく。小雨は降っているが、明日は晴れるという天気予報だから、気分は明るい。
景気づけに、メシは初日から焼肉である。とりあえず「メッチュチュセヨ パリパリ」といいながら、ひと通り注文。韓国料理は適当に頼んでも失敗がないのがすばらしい。
ちなみに「メッチュ」「チュセヨ」「パリパリ」。これらは僕がはじめに覚えた韓国語だ。正確な発音はわからないが、「メッチュ チュセヨ」で「ビールください」。で、「パリパリ」が「早く早く」というわけ。酒に強くない僕がこのフレーズをすぐに覚えたのは、まわりに酒好きが多いからだろう……。
歩き甲斐のあるコースで向かうハルラ山
翌朝はタクシーで観音寺コースの入口へ。登山口までのバスがないからだが、日本円で2,000円ほどだ。韓国はタクシー料金が低いのも高ポイントである。
登山口には「世界自然遺産」を説明する立派な看板。しかし他の登山者の姿はごくわずかだ。ハルラ山は絶大な人気を誇る山だと聞いていたが、静かなものである。
じつはこの観音寺コース、5つあるハルラ山の登山道の中で、風景のよさはトップ級だが、同時にいちばんハードらしいのだ。だが、そのために比較的人影が少なそうだと、僕はこのコースを選択していた。だから、この静かさは「作戦成功」の証ともいえなくもない。
駐車場からはじめに階段を上がり、とうとう出発。さて、ハルラ山はどんな風景で僕を待っているのだろう?
途中にある看板には、山頂までのコースが色分けして表現されていた。緑が「イージー」、黄色が「ノーマル」、赤が「ディフィカルト」というわけだ。ハードだという今回の観音寺コース、いやはやたしかに「赤」の区間が長いな……。
この表示は視覚的に非常にわかりやすい。これなら、山慣れしていない人でも簡単に行程がイメージでき、歩行ペースを考える目安にできるだろう。
ハルラ山には、ほかにも感心する工夫が随所に見られた。
(左)生態系を破壊しかねない外部の植物の種などが含まれる泥を、ブーツから落とすための水道。ジェット式で水圧が高く、泥落としに手間がかからない。(右)山中の目印としてポピュラーな赤いテープ。だが、ハルラ山のものはかなり肉厚だ。日本でよく見かけるもののように簡単には破れ落ちず、長く使えそうである(左)ファーストエイドのキットも防水してきれいに保管されている。目立つ場所に、しかも中身が見えるガラスの扉にしてあるのがポイントだ。(右)歩行ペースの目安を知らせる時間を知らせる掲示。英語の一部のスペルは間違っているように思えるが、「12時30分前にここを通過すれば、山頂に立てる」と書いてある。言い換えれば、「12時30分までにここを通過できないようでは、山頂を経由して明るいうちに下山できない」ということだ。この黄色い表示は、山中の各所で見られた。注意喚起に効果的である
これらの写真で紹介した試みは、日本でも一部では実行されていることである。だが、さすがハルラ山は観光客も多く訪れる世界遺産。外国人の僕でもひと目でわかるように、徹底的にわかりやすくなっているのがいい。
「イージー」な区間は、たしかにイージーだ。無理に標高を上げている感覚はほとんどなく、なだらかに起伏する登山道の脇には笹が生い茂り、なかなかよい雰囲気である。
ハルラ山は火山だけあり、溶岩でできた岩場には深い穴が空き、深くえぐられた沢には冷たそうな水が流れている。ひと口飲んだらおいしいのかもしれない。
ただし、雨が降ると激流になるらしく、どこにも魚の姿は見られない。だが、ときどきオタマジャクシが泳いでいるのがかわいらしい。
標高620mの登山口から始まった観音寺コースは、快調に歩いているうちにいつしか1,000m地点を通過。とはいえ、山頂までの標高差は1,330mもあるわけだから、まだ先は長いのだ。
僕はなにやら「男」と大きく書かれたペットボトル飲料でのどを潤す。これは二日酔いに効くホッケ茶というもののようだ。正直なところ、あまりおいしくなかったが、男たるもの、これを飲まないでどうする?
急登が続く「ディフィカルト」な道を登っていくと、観音寺コースの見どころのひとつ「三角峰」に出る。クライマーにはたまらないだろうと思われる険しい岩峰だ。ほれぼれといつまでも眺めてしまうほど、迫力がある。
もう少し先の時期、新緑が芽生えているころであれば、もっと美しかっただろう。今回はちょっと早かったかな。
三角峰を過ぎると、ハルラ山はますます荒々しい雰囲気を醸し出してくる。以前は大噴火があったことを想像させる切り立った岩場が頭上に並び、その下には森と草原が広がっている。この場所は、いかにも僕好みだ。
谷間には水場もあり、テントを張れそうなスペースも見受けられる。テント泊好きの男としては、こっそり1泊したくなるが、ハルラ山一帯はキャンプは禁止なのだ。むむ、残念。
さすが雄大! 山頂からの大風景
岩と土が混在する滑りやすい登山道が終わると、長い階段と木道になった。風は強くなり、肌寒さも強まってくる。周囲に樹木はなくなり、頭上にあるのは空だけだ。
さあ、もうすぐか? 山頂が近付いていることを実感したする。
少しすると、僕の目の前に、突然カラフルなウェアに身を包んだ人たちが現われた。そう、ここがハルラ山の頂上。本当の最高地点は岩場の崩落のために人は入れず、正確には1,930m地点である。しかし、この場所にいれば、韓国内でいちばん高い場所にいる人間であることは間違いがない。
平日だというのに、とにかくまあ、人が多いこと! これらの写真、これでもできるだけ人が少ないタイミングで撮ったものなのである。
そのなかでも目を引くのが、軽く100人を超える迷彩服を着た若者だ。徴兵制が敷かれている国らしく、訓練のための登山らしい。意外なほど雰囲気は柔らかく、みんなではしゃいでいるのがかわいらしい。
山頂の展望台からは、カルデラ湖である白鹿潭(ペンノクタム)の風景が眺められる。
ハルラ山は韓国三大霊山だけあり、どことなく神秘的だ。夜間の立ち入りは禁止されているが、ここで満点の星空を見たら、ものすごい体験になりそうである。
その後、何が書いてあるのか不明だが、山頂標らしきものの前へ。登山者が多すぎて、このポジションを得るまでにどれほど時間がかかったことか……。
こう見えて、僕の周りには次の撮影順番を待つ人がいっぱいなのである。ゆっくりと撮影はできず、僕が場所を空けた途端、順番待ちしていたおばちゃんが「パリパリ」といって仲間を集め始めた。このあたり、日本と同じだね。
下山はコースを変え、城板岳コースを使う。ここもまたハードといわれる登山道だが、山麓には大きな駐車場やビジターセンターがあり、バス停も近いことから登山者は多い。
振り返るとハルラ山の山頂付近を眺められるのも、このコースでうれしい点だ。
途中には休憩所が数カ所ある。そこで僕は「名物」的な存在のカップラーメンをいただいた。
(左上)山小屋風ではあるが、宿泊はできないのが残念。環境に負荷を与えないように、一帯をすべてウッドデッキにしてあるのが印象的である。(左下)簡素なメニュー表。日本語の表記もあるのがうれしい。(右)味は「ユッケジャン」一択。ピリカラの味わいで、汗をかきながら歩いた山中で食べるのにはもってこい
名物といっても、たんなる市販のカップラーメンだが、この場所で食べることに意味があるのだ。このいい意味での安っぽさは、異国旅の気分を高めてくれるのであった……。
街を歩き、メシを食い、バスに乗る
下山後、僕はバスに乗り、済州島中心部のバスターミナルへ。ハルラ山には十分に満足させてもらったが、うれしいことにまだ日数に余裕がある。路線図を見ながら、明日の計画を考えてみた。
やはり、あそこかな? せっかく済州島まで来て、あれを見なければ後悔するはずだ。
明日の行き先をひそかに心に決め、街の散策に出る。
商店や食堂で雑多な街中には、いかにも由緒正しそうな建物。僕は歩きながらアウトドアショップを探したが、旧市街地には面白そうな店舗は見つからない。あのハルラ山がある島なのだから、どこかには絶対にあるはずなのに。
はじめはお寺か何かだと思った「観徳亭」の建物。実際には昔の兵士の訓練所で、15世紀のものだというスーパーに置かれたアウトドアグッズの大半は韓国ブランド。みているだけでおもしろい
その代わり、立ち寄った巨大スーパーでアウトドアコーナーを発見。なにか記念品を……と思っているうちに、少々重そうなクッカーを思わず買いそうになってしまった。だが、こいつを使う機会はあるのかと自問自答し、今回は我慢する。
それにしても、やはり韓国はメシがうまい。夜の街で僕は韓国風のうどんを立て続けに2杯も食って満足。
朝は朝で、小皿がたくさん並ぶ韓定食を食って、満足。いくらお代わりしても同料金なのが、大メシ喰らいの僕にはたまらない。
腹を満たした僕は、昨日と同じバスターミナルまで移動し、チケットを購入した。個人的にはハルラ山と同レベルで行ってみたいと思っていた場所、「城山日出峰(ソンサンイルチュルボン)」へ向かうのだ。
そこは大観光地だが、大多数は観光ツアーやレンタカーなどで行くらしく、僕のように公共のバスを使う者は少数らしい。停留所の表示もわかりにくく、そのために下りるべきバス停を通り過ぎ、遠くまで乗りすぎてしまった。まあ、こういう失敗も旅の面白さではあるのだけど。
さて、こちらが「城山日出峰」である。
この「峰」は、海に突き出た小さな岬のような火山。標高は182mしかないが、山頂部分の火口が平らになった独特の形状をしており、世界遺産にも登録されている場所だ。ハルラ山よりも手軽とあって、歩道や売店はどこもものすごい数の観光客であふれている。
そのなかにはスーツ姿の男性や、ハンドバッグを持ったハイヒールの女性もいるくらいだ。しかし登らねばならない高さは、海岸を基準にすれば標高そのままの182mで、思いのほかハード。途中で断念する人も多いようである。とはいえ、本格的な登山の場所だった昨日のハルラ山に対し、こちらは山頂まで木道が続いている観光地だ。持ち歩かねばならない荷物は少なく、僕が背負っているズール30は非常に軽い。
そしてこちらが山頂部分。噴火口は直径600メートル、面積は3万坪という広大さだ。もしもドローンかなにかで空撮できれば、ものすごい写真になるはずである。
火口の周囲は王冠のように険しい岩でギザギザしており、その数は99個だとか。このゾロ目にはホントかな、と思うが、日本にも「九十九島」などという地名があるように、シンプルに「たくさん」ということを表す数値なのだろう。
城山日出峰から見下ろせば、周囲の景色もすばらしい。透明度が高い海には長々と砂州が延び、あちらから城山日出峰を見たらどのように見えるのだろうかと期待させてくれる。
僕は山頂から海岸付近に下りたつと、遠くに見えていた砂浜へ行ってみることにした。
お土産物屋や食堂を尻目に、城山日出峰の南側へ進んでいく。
すると……。城山日出峰はお祭りのように込み合っていたというのに、あれほどいた観光客は誰もいない。なんと、これだけ美しい海岸と城山日出峰の風景をひとり占めだ。
この浜辺に先ほど見たスーツ姿の男性や、ハンドバッグとハイヒールの女性が来るのは難しいだろう。もったいないなあ。少しだけ自分の足で歩くだけで、こんな景色を楽しめるというのに。やはり外を歩く旅は、僕のようにアウトドアウェアとトレッキングシューズ、そしてバックパックという姿がいちばんなのである。
のんびりしていると、風が少し強まってきた。
そろそろ帰るか。あまりにも美しくのどかな風景に名残惜しさを感じながら、僕は再び城山日出峰へと歩き始めた。
(文=高橋庄太郎、写真=岡野朋之 取材日:4月17日〜20日)
GREGORY/ZULU35(ズール35)について
昨年から使っていたズールだが、僕は今回改めてそのよさを感じた。ズールの背面はメッシュパネルで、「わずか」に湾曲させたバックパック本体とのあいだに隙間が形成されるため、通気性は非常にいい。だから、背中の蒸れが圧倒的に少ないのである。
この「わずか」が、じつに絶妙なのだ。バックパック本体の湾曲が大きすぎると、荷物の重さが外側に移行してしまい、荷重が背中に乗ってこない。そうなると、重心が外側に寄ってしまい、荷物が無用に重く感じられてしまう。だがズールほど湾曲を「わずか」に抑え、背中との隙間を最低限に収めれば、通気性を確保しながらも荷重が背中にしっかりとかかる。だから疲れにくい。今回のハルラ山登山でも、その実力は間違いなかった。
GREGORY/ZULU35(ズール35)
価格:22,000円+税
サイズ:M、L
容量:M35L、L36L
重量:M1.42kg、L1.53kg
カラー:ネイビーブルー、バニッシュドオレンジ、フェルドスパーグレー