- 山と雪
【がんばれフェスおじさん 3】日本2位の頂に到達! 北岳チャレンジ2日目〜北岳山荘 – 山頂 – 広河原〜
2019.11.03 Sun
菊地 崇 a.k.a.フェスおじさん ライター、編集者、DJ
標高3,000mの朝陽
風の音で目が覚めた。時計を見たら4時近くだった。まだテントの外は暗い。
昨晩は8時には記憶を失っていたから、がっつり8時間近くも寝たことになる。フェスではテントで眠ることも多いけれど、これだけ長くテントで寝られたのは久しぶりだ。北岳の数日前もフェスで2晩テント泊したけれど、両日とも5時間程度だった。
風の音を聞きながらまどろんでいたら、テント内に明かりが点いた。起床時間の4時半になっていた。今日の行動時間はとてつもなく長い。広河原から車を停めている芦安まで行く最終バスが出るのが16時半。それまでにはなんとしても下りなければならない。北岳山頂に登って広河原まで下るコースタイムはおよそ6時間弱。登りではコースタイムの2倍近くかかったこともふまえて5時半には出発したい、という話になっていた。
雲海に浮かぶ富士山と朝焼け。明け方の気温はかなり低かったし、3,000mの稜線は風も強い。とにかく寒い。
テントを出る。外はかなり寒い。氷点下に近かったかもしれない。眼下に雲海が広がり、そのなかを、孤島のように富士山が屹立していた。同じくらいの視線の高さから見る富士山。何度となく富士山を見ているけれど、見上げるのでもなく遠くにあるのでもない富士山が、遮るものがなく目の前に存在している。星が煌めき黒に限りなく近い藍色だった空が、東の地平線から曙色に変色していく。時間を経ることに空のグラデーションが変わっていく。その光景を飽きることなく見ていた。この風景は北岳山頂近くに来なければけっして見ることができない。
朝陽が昇る。北岳も朝陽を浴びて赤い表情をしている。感謝したい気持ちがこみ上げてきた。地球に関しての感謝であり、ここにいられることに関してのすべての人に対する感謝。ひとりでは何もできない自分の小ささも感じていた。ここに立っていることも、同行メンバーはもちろんのこと、いろんな人の協力があってのことだ。圧倒的な自然のなかにいると人間は謙虚になるしかない。
朝ごはんは、買ってきていたカップ麺。思いのほか身体に疲れは残っていない。だるさや筋肉痛もない。腹が減ったという感覚も少なかったが、食べることにした。いま食べていかなければ、結局は食べないことになりそうで、スープまで残さずに食べられた。食べ物を残さないこと、ゴミを持ち帰ることも山の最低限のルールだ。荷物をパッキングする。食べたことで荷物は減っているはずなのに、なぜか昨日よりも増えているように感じる。入れ方がアバウトになっているからだろうか。
朝陽を浴びて赤く輝いている北岳。北岳山頂まで残り標高200m。ここまで登ったんだから近いものさ、と自分に言い聞かせる。
北岳山頂からの眺め
5時40分。風は強いので暴風対策も兼ねてレインウェアを着用して、山頂に向かって歩きはじめた。軽快というわけではないけれど、昨日の八本歯のコルからよりも、少しだけ軽やかに歩けているような気がする。身体のきつさもあまりない。2日目で標高にも順応しているのかもしれない。人間の順応力ってすごいと思う。
北岳に一歩一歩向かう。後方には、北岳山荘から日本3位の間ノ岳へと稜線がつながっている。左前方には仙丈ヶ岳や甲斐駒ヶ岳があり、右後方には富士山。右前方にあるのは、大樺沢を登っている際に後方にそびえていた鳳凰三山だ。それらの山の山頂がほとんど自分と同じ高さにある。
岩の登りが続く。昨日よりも足は軽快。高度にも順応しているのを実感する。
道のそばで何かが動いている。ライチョウだ。何羽もいるから親子かもしれない。ライチョウの生息地の南限は日本で、北アルプスでは見かけることが多いけれど南アルプスではかなり貴重な体験だという。岩とわずかな緑しかない場所で健気に生きているライチョウ。顔を見ているとなんとも愛らしい。
標高3,000mを超える場所にも生き物が暮らしている。ここがいつまでもライチョウにとっての楽園でありますように。
もっと見ていたいと思ったけれど、先を急ぐことにした。まだ北岳山頂までも到達していないのだから。
山頂から下りてくる人も少なくない。暗い時間に上りはじめて、山頂で朝陽を見た人たちなのだろう。昨日のルートではガスで視界が悪くなっていたけれど、今日はすこぶるいい。足がすくんでしまうような傾斜のところもある。怖さを頭の隅っこに追いやり、なんとか一歩一歩を踏み出していく。目の前にある岩山を越え、その次にある岩山も越えていく。
足を見外してしまったら滑落してしまいそうな場所も、登りだとそれほど怖さを感じない。
7時20分。コースタイムよりも20分遅れて、ついに北岳山頂に到着した。昨日の北岳山荘に到着したときともちがう満足感。登山シーズンが終わっている富士山を除けば、自分たちがいちばん高いところにいる。山頂に行くという欲求は登る前はそれほどなかったけれど、やっぱり目標だった場所に登りつけると格別なものがあった。中央アルプス、八ヶ岳だけではなく、北アルプスさえ見える。四方を見渡せることが自分たちへのいちばんのご褒美なのだろう。
ついに北岳山頂に到着。登りは通算すると12時間もかかってしまった。
なにを目的に下るのか
20分程度山頂にいた。もっといて360°の眺望を見ていたかったけど、まだこの地点が半分だ。1,700mを登ってきただけに1,700mを下りなければならない。しかもタイムリミットがある。下りの歩き方のポイントを教えてもらってから、北岳肩の小屋へ向かった。草スベリから白根御池小屋を経由して、樹林帯を抜けて広河原に戻るルートだ。
山頂から見えた鳳凰三山。地蔵岳の特徴的なオベリスクもはっきりわかる。奥に見えるのは金峰山や瑞牆山などの奥秩父山塊だ。
登りよりも下りに注意しなければならない。段差があるところは慎重に、段差があまりないようなところでもじっくりと。肩の小屋までは視界がよくて傾斜があるだけに、足元に注意しながら下りた。途中、荷物を持たずに走って上がってくる人がいた。どうやら山小屋で働いている人のようだ。なにかがあったのか、そのスピード感は真似さえしたいと思えないものだった。
北岳肩の小屋には生ビールが売っていた。当たり前だけどここで飲むわけにはいかない。
肩の小屋で水をわけてもらい、しばし休憩。登りは途中に水を補給する山小屋がなく、1日でボトルの水を全部飲んだけれど、今日は半分以上がなくなっていた。
肩の小屋からの稜線は、この2日間のルートのなかで、もっとも楽しみながら歩いていたかもしれない。初日の歩きはじめの森のなかともちがう開放感。体力があるのなら、このまま稜線で次の山頂へ向かいたい。稜線が続いている小太郎山からはどんな風景が見えるのだろう。そんなことを頭のなかで考えていた。
この2日間で最も気持ちよく歩いていたのがこの稜線だった。天気もよくて気分上々なり。
稜線を離れて草スベリに入っていった。その名の通り、草が滑るほどの傾斜が続くところだ。稜線の分岐から白根御池小屋まで、コースタイムは登りで2時間半、下りで1時間半。地図で見るとそれほどの距離に見えないから、それだけ急な道ということだ。
「白根御池小屋にはソフトクリームが売っていますから、そこまでかんばりましょう」とAkimamaスタッフがエールをくれる。
草スベリはダケカンバの森が延々と続いている。標高が高いところは、雪の影響なのか傾斜がそうさせるのか、もしくは風がそうさせるのか、地表に出た茎が水平に向かい、途中から天空に伸びている。変わらない景色のなか、木の間から昨日登った雪渓が見えたりすると、どのくらい下りてきたのかが実感できた。白根御池が見えてからは、「ソフトクリームが待っている」と何度も小さな声を出しながら下っていった。
「草原状の急斜面」と地図に書いてある草スベリは標高差500m。変わらない風景が続くから登りは辛そう。
残念ながら、ソフトクリームの販売は終了していた。ガーン。北岳山荘にビールがなかったことよりはまだマシだったけれど、それでもショックはショックだ。白根御池小屋でも水を補給させてもらった。もう広河原までもそれほどないはずだから、水筒いっぱいに入れなくてもよかったのだけど、本物の「南アルプスの天然水」を家族へのお土産にしたいという気持ちがどこかにあったのかもしれない。
白根御池が近づいてきた。花も多く、草木の背も高くなっている。目の前には、山頂では下に見えていた鳳凰三山。
下りという試練
白根御池小屋から樹林帯へ。コースタイムでは広河原までは2時間程度だ。足がだんだん重くなっているのがわかる。重いというよりも、自由が効かなくなっている感じだ。思ったところに足を着地させられない。ザックの重さもやけに感じる。背負い方が気になってしょうがなくなり、チェストストラップやウェストベルトを外したりして、今の自分にフィットするように調節していた。
樹林帯は、それまでの岩ではなく木の根などが歩く障害になっている。晴れていたから滑ることは少なかったけれど、雨の場合は注意が必要だろう。
足が自分のものではなくなってしまったような感覚だった。下りこそ最大限の注意を払わなければならない。
疲れからか、足の自由が効かなかったからか、注意力が散漫になってしまった。その瞬間、木の根の凹凸に足を滑らせてしまった。背中のザックから地面に落ちていく。上半身が道から外れ、ザックの横に入れたあった水筒がそこから転げ、谷に落ちていってしまった。緑一色の中を転がっていくオレンジのナルゲンボトル。水をいっぱい入れていたこともあって、途中で止まることなく、見えなくなるまで転がっていった。
疲れがピークに達しているからこそ、より慎重にならなければならない。転ぶことで、危険な場所なら滑落に繋がる。アウトドアチャレンジのテーマは「安全に楽しむこと」。バスの時間を気にしながらも、安全に歩くことだけに集中して再び歩を進めた。
いっしょに登ったTちゃんの荷物を背負うAkimama登山部。フェスおじさん同様にTちゃんもかなり足にきていたもよう。
やっと傾斜がなくなった。足に力が入らない。地面を踏んでいる感覚が少ない。フワフワしているというか、自分の足が自分の足ではないように感じる。けれど自分で歩かなければならないから、一歩一歩足を前に出した。
14時ちょうど。広河原に自分の足で戻ってくることができた。最終バスまではまだ時間がある。温泉も待っている。お風呂の後には冷えたビールも待っている。
ついに広河原にみんなでゴール。その充実感は半端なかった。登るだけではなく、登って下りてが登山なんだということを、あらためて感じていた。
北岳にチャレンジして
一泊二日の北岳山頂への登山。過去のアウトドアチャレンジとは大きな違いがあった。それは途中で止められないこと。自分の足で行き、自分の足で戻らなければならない。
1,700mを登って、下ってくる。たったそれだけのことだけのことかもしれないのだけど、今まで見たことがない風景がそこにあり、感じたことがない自然があった。そして自問自答する自分の内面へ旅する時間もあった。
2日間に渡って天候にも恵まれた。これだけ2日連続で登山日和となったのは、今年の秋にはなかったのではないかと思えるほどだ。
北岳山頂でポーズ! このとき7時半。日本で二番目の高さにわれわれがいる。
翌日から、両足に今までに体験したことのない筋肉痛が襲ってきた。痛くて足が曲げられないというのとも違う。筋肉痛ではあるのだけど、大腿の奥から浮かび上がってくるような痛み。痛みがあることで、北岳に登ったんだという実感がよみがえってくる。
振り返ってみて、北岳登山を気軽に考えていたことを反省した。山とはもっと真剣に向き合わなければならない。真剣に向き合うことによって、大きなものを教えてくれる。
2日間は筋肉痛で満足に歩けなかったけれど、この痛みもまたひとつの勲章だと自分に言い聞かせている。痛みがあってもかまわない。また山に登りたいし、山のいろんな風景を感じたいと思う。
広河原から見上げる北岳山頂。本当にあそこまで登ってきたのかと自分でも信じられない。
《撮影日:2019/9/20》
(写真=宮川 哲、協力=コロンビアスポーツウェア)
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