- 山と雪
白砂と薄水色の沢と、険しい稜線歩き。花崗岩の山、餓鬼岳
2020.08.12 Wed
河津慶祐 アウトドアライター、編集者
毎週末のように登山やクライミングへ出かけていたのだが、長い梅雨とコロナ禍の外出自粛も相まって、もう約4ヶ月も山へ行っていなかった。ふだんはアルパインクライミングとか登攀系の山行スタイルなのだが、こんなに長く山へ出かけていないと、無性に、ただただ山を歩きたくなってくる。たぶん、登山好きの根元にあるものは単純に「山にいたい」なのだろう。クライミングにはまったく興味も湧かず、次の休みには高山をテント泊で縦走することに決めた。
梅雨の最中のある日、毎日のように天気予報をながめていると、雨予報が続いているなかにポツンと曇りの日があるではないか。しかも休日に! チャンスはこの日しかないと友人の「ちゅーた」さん(もちろん本名ではない)を誘って北アルプスへ向かった。
梅雨の真っただなかだというのに快晴で、こんなすばらしい夕焼けを見ることができた。
めざしたのは北アルプスの常念山脈の北端にある「餓鬼岳」。山頂までいたる登山道は人の手がほとんど入っておらずきびしいため、なかなか向かうことのできない山だ。表銀座と呼ばれる人気ルートや、百名山の常念岳、登りやすく景色のいい蝶ヶ岳などの燕岳以南を歩いたことがある人は多いだろう。しかし、燕岳から少し北上するだけで人は少なくなり、静かな稜線歩きを楽しむことができる。
歩く予定のルートは白沢登山口から餓鬼岳、そして燕岳まで稜線歩きをして合戦尾根をくだるというもの。別の登山口へおりるため、公共交通機関を乗り継ぎ、車まで戻ることにした。
1日目の夜明け前、太陽は出ていないがうっすらと景色が見えはじめたころに信濃常盤駅からタクシーに乗り白沢登山口へ向かう。車は駅の駐車場でお留守番。
ものの15分ほどだろうか、車が1台分しか走れない藪の中の車道を走り、白沢登山口へ着いた。登山口の駐車場にはすでに車が数台停まっている。せっせと支度をしている女性の姿もあった。絶対にすれちがえない道を引き返させるタクシー運転手に申し訳なさを感じつつ、靴紐を締めなおし、つらくも楽しい餓鬼岳登山がはじまった。
白沢の登山道は、深い緑と白い岩や砂、薄水色の川。いつまでも見ていられるほどキレイだった。
白沢登山口から頂上直下に位置する餓鬼岳小屋まではコースタイムにして8時間ほど。途中に「最終水場」と「大凪山山頂」の大きなチェックポイントが2箇所あり、時間もおおよそ3分の1ずつなので、ペース配分をつくりやすい。
難所となるのは登山口から最終水場までの最初の区間だろう。10㎝以下しかないような足場を使い、沢をへつる(*)箇所が多数存在する。慎重に歩けば問題はないだろうが、濡れていたり、増水しているときは注意が必要だ。今回は梅雨時期であったが、前日からほとんど雨が降っていなかったので、増水していなかった(増水していたらあきらめて帰るつもりだった)。
(*)「へつる」は沢登りでよく使う登山用語。沢を岩など岸壁をつたって渡ること。
友人のちゅーたさん(Instagram)は、こんなに細いのにかなりの健脚の持ち主で、TJAR(トランスジャパンアルプスレース)に出られるくらいという噂も!? 泳げて走れる才色兼備の持ち主。よく見るとバックパックの外側ポケットに500㎖缶ビールが2本……。
まだまだ序盤ではあるが、体力に自信がある人はこの最終水場で水分を補給しよう。われわれは夕ご飯、翌日の行動分、+お楽しみ用に各自2ℓ背負った。ちなみに、小屋では天水を塩素消毒した水を1ℓ200円で販売している。
次の大凪山までの区間は、まだ樹林帯が続き、「凪」という漢字が付くだけあって風がなくあつい。ここまで登って3分の2。体力を温存して登ろう。
そして最終区間。ここはもうだいぶ登ってきたので疲れているだろう。だが、ウサギギクやクルマユリなど花々が咲き乱れ楽しくなってくる。地形図を見ると急登な「百曲り」もなだらかな土のつづら折りなので、思ったほどつらくはない。
「小屋まで30分」の看板が現れたらあと少し!
というわけで、初日は無事、雨にも降られず到着することができた。しかも西側に山々には雲がかかっておらず絶景! 梅雨の真っ只中なのに運がいいこった。
高山でよく見かけるクジャクチョウ。羽の表は色鮮やかだが、裏は地味。山頂直下のザレ場はコマクサの群生地になっている。ロープなどは張られていないので足元に注意して歩こう。
餓鬼岳山頂から裏銀座、唐沢岳を一望できる。餓鬼岳小屋から山頂まで歩いて5分ほど。
今回の山行でちゅーたさんのパックウェイトは、テントやシュラフなど宿泊装備を入れて8.7㎏ほどだった。ここからは、それだけの軽さを実現したオススメギア2点と、テン場での時間を楽しく彩る最新アイテム1点を紹介していこう。
まずはバックパック。イギリス発祥のOMMの名品「Classic 25」だ。同名の過酷な山岳レース(Original Mountain Marathon)に耐えうるギアをと考え生み出された、このバックパックは、発売開始から46年をむかえ6月に大幅リニューアルを遂げた。
OMM/Classic 25
重量:715g(付属品をはずせば405g)
背面長;45㎝
カラー:グレー、ブルー、オレンジ、グリーン、ピンク、パープル
生地:210T&TPU強化ナイロン
価格:17,600円(税込)
※ワンサイズ大きい32ℓもラインナップしている。容量を少しアップしたい人は同社の「CHEST POD」で4ℓ拡張もできる。ドリンクホルダー「GO POD」もあり。
今回はファストパッキング装備での縦走にしたため、25ℓをチョイスし、テントも含めた全装備を収納し、ちゅーたさんに背負ってもらった。
特筆すべきは、シンプルさに隠された機能性や拡張性の高さだ。一見、よくあるULバックパックに見えるが、使ってみるとそのすごさに気づく。
ウェストベルト、まずはこの機能におどろいた。なんと本体との連結にペグを使用しているのだ。抜くだけでかんたんに分離できるようになっている。ウェストベルトが取れるだけではほかのバックパックとそう変わらない。この「Classic 25」は分離したウェストベルト同士をつなげることによってウェストポーチにすることができる。今回の餓鬼岳のように小屋から山頂まで数分なんて場合は、貴重品や軽い行動食を入れて持ち運べる。小屋泊の時にも活躍しそうだ。もちろん、連結でしようしているペグはテントの設営でも使えるので、数グラムかもしれないがペグ2本分の軽量化にもなる。
(左上)まずペグを引き抜いて……。(左下)左右のウェストベルトをつなげると……。(右)ウェストポーチに大変身!
大型のメッシュポケットも特徴的だ。メッシュにすることにより視認性が上がり、中になにが入っているかすぐに判断できる。OMMのようなペアで出場するレースでは、パートナーの荷物を入れておくと、わざわざバックパックをおろさず行動できていい。
便利なのだが、このメッシュポケットは気になった点でもあった。サイドポケットもメッシュなのだが、今回の使用で少し破れてしまったのだ。藪の濃い道や岩場では擦って破れやすいような気がする。
ちゅーたさんによると「細身の女性だとウェストベルトが長すぎるかも」と。いちばん短くしても締めきれないらしい。なんて贅沢な悩みなのだろう……。
多機能すぎてまだまだ紹介できていない機能がいくつもある。ほかは自身で触ってチェックしてみよう。
背面パッドには同社の「Duomat」が収納されていて、背負心地のよさはもちろん、メインマットの補助としてや、休憩時のマットとして使用できる。慣れればDuomat単体で就寝することも……。折り目によって、3つ折りと4つ折りどちらにも変えられる。
次はテント。オススメなノルディスク(Nordisk)の「Telemark 2 ULW(テレマーク2 ULW)」をちゅーたさんに使用してもらった。日本ではファミリーキャンプ用の白いコットンテントが大人気なので、名前や白クマのロゴを見たことある人は多いはず。じつは山岳テントのラインナップも充実していて、欧州ではそちらのほうが有名らしい。イギリスで開催されている本場のOMMレースでも使用者が多いという。
ノルディスク/Telemark 2 ULW
収容人数;2人
重量:880g
サイズ:外・235×180×高さ106㎝/中・220×135×高さ100㎝
収納サイズ:12×41㎝
カラー:レッド、グリーン
素材:フライシート・100%ナイロン(10D、リップストップ、ダブル・サイド・シリコン3レイヤー)耐水圧2000㎜/インナーテント100%リップストップ・ナイロン/フロア100%ナイロン 耐水圧8000㎜/ポール・Nordiskカーボン7.3㎜1本/ペグ・チタン製Vペグ9g4本
価格:154,000円(税込)
※TelemarkにはポールがアルミのLight Weight(LW)と、カーボンのUltra Light Weight(ULW)がある。
構造はいたってシンプルで、非自立式のダブルウォール構造、インナーはフライとフックで連結している。ポールは中央に1本のみで、かなり軽量となっている。このタイプのテントは設営が楽なのが特徴だ。基本的にフライとインナーはつなげたまま収納しているので、ポールを1本通し、前後(左右?)のガイライン4つを張ればあっという間にできあがり。
2人用なのに約880gと超軽量で、室内高は100㎝と十分な広さがあり、前室ももちろんついている。ファストパッキングには最適なテントだろう。これも難点をあげておくと、非自立式のため設営場所を選ぶところ。ペグダウンできず石で固定となると、十分な強度と広さは確保できないだろう。
一般的な2人用テントより小さいが、いちばん活用する胸元あたりを広く高くつくっていて、思ったほど窮屈さは感じない。2人用をひとりで使えばむしろ快適なぐらいだ。(photo:ちゅーた)
若かりしころコーヒー業界で働いていたぼくは、じつはコーヒーへの造詣が深い。相当ライトなパッキングのとき以外は豆の状態のコーヒー豆に、ミルとドリッパーを背負って行き、眺望のいいところやテン場でコーヒーをいれている。
いつもは軽量な折りたたみドリッパーを持って行っているのだが、今回は4月に発売したばかりの最新コーヒー抽出器具「エアロプレスGo(AeroPress® Go)」を試してみた。
エアロプレスGo
重量:448g
サイズ:11×10×高さ17,5㎝
価格:5,940円(税込)
※専用ペーパー350枚入り
「エアロプレス」とは注射器を大きくしたような形のコーヒー抽出器具で、押し込んだときの空気の力でコーヒーをいれるというもの。これをポータブル化したものが、この「エアロプレス Go」なのだ。
■いれ方
①ペーパーフィルターを1枚取り出し、キャップにいれる。
②キャップをチャンバーにはめる。
③チャンバーに粉をいれ、軽くふってコーヒー粉をならす(ミルは使わず、小川珈琲の粉状コーヒー豆を使用。スクープ1杯で約17g)。
④チャンバーをマグカップの上にのせ、お湯を注ぐ(ちゃんとお湯を計量すると毎回おいしく入れられる。今回は180㎖)。
⑤ヘラでお湯とコーヒー粉をかき混ぜたら、ブランジャーをチャンバーに差し込み、ゆっくりと最後まで押し切る。
⑥キャップを上にしてはずせば、使用済みコーヒー粉とペーパーフィルターだけがチャンバーに残る。水分が出てもいいようにジップロックなどに向けて、さらにブランジャーを押し込めば、かたまりで落ちる。ハンドドリップだと使用済みコーヒー粉に水分が多く残るが、「エアロプレス Go」は押し切れば水分はほとんど残らない(渋みも出てしまうが、それは味として飲んでしまおう)。
⑦入れ終わったら、あとはマグカップのまま景色のいい場所で飲む! マグカップはギザギザが付いていて、あついものでも持てるようになっている。飲まないときは赤いリッドをはめて保温しておこう。
折りたたみドリッパーと比べると重量はあるが、収納性や安定感、抽出のはやさ、処理のしやすさは「エアロプレス Go」に軍配が上がるだろう。とくに収納性が抜群で、サーバー兼マグカップに使用するすべての器具が収納できてしまう。
山でもほかの人とちがう方法でちょっとこだわってみたい人は試してみてほしい。
2日目の朝は強風で目が覚めた。餓鬼岳避難小屋のテン場は窪地で周りは木々に囲まれているため、音はするがテントは微動だにしていない。
個々のテントで朝食と支度をすませ、夜があける前からから出発する。稜線の縦走はこの瞬間がたまらない。日の出の1時間ほど前から歩き出せば、空が徐々に紺色から、金色に染まるマジックアワーへ突入し、そして太陽が顔を出してくる。暗いうちは肌寒いなと思っていても、朝陽に包まれるとすぐにあたたかくなってくる。
ここの稜線は、燕岳と同じく花崗岩と花崗岩砂礫が続く。風化によってできた奇岩や白砂のザレ場を歩いていると、「燕岳とひと繋がりの山なんだな」と感慨深くなってくる。ひとつ豆知識を書くと、餓鬼岳から常念岳までは風化の度合いの差はあれど同じ花崗岩の山なのだ。蝶ヶ岳以南は砂岩や泥岩になるという。同じ常念山脈でもある地点から地質が変わっているというのがおもしろい。
さてこの稜線の難所は「剣ズリ」と呼ばれる箇所。険峻な岩場をハシゴや1本の木材のみで巻いていく。雨天時は滑る危険性が高そうだが、岩場に慣れている人なら、慎重に行けばそんなにむずかしくはないだろう。
初日に餓鬼岳山頂から撮った稜線。いちばん大きく見えるのが「剣ズリ」。燕岳は雲の中。
蟻地獄のような砂礫のトラーバース。すべれば何十、何百メートルも滑落し、岩に激突し大怪我はまぬがれないだろう。
剣ズリの難所をこえたあたりから、気温が高くなり雲が上がってきた。前方に見えていた燕岳の稜線や、水晶岳などがある主稜線は雲に隠れはじめた。しかも風にのってきたのか、たまに頬に水滴が当たる。
2日目の天気予報は午後から雨だった。難所はこえたので休憩を入れつつ相談し、少しでも早く下山ができる東沢登山道と呼ばれる破線ルートをくだることにした。
東沢登山道は東沢岳と北燕岳の間に位置する東沢乗越から中房川に沿ってくだり、中房温泉にいたる道だ。東沢乗越から燕岳を経由し合戦尾根をくだると中房温泉まで約6時間かかるが、東沢登山道を行けば半分ほどの約3時間半でつくことができる。
と書きはしたが、この道はあまりオススメしない。ぼくはふだんアルパインクライミングや沢登りをしているし、ちゅーたさんは運動神経抜群で健脚なので選びはしたが、初心者から中級者の登山者は歩かないほうがいいだろう。
まず、東沢乗越から西大ホラ沢出合までは急坂で、背丈ほどの深い藪をかき分け、幅20㎝あるかないかの踏み跡を探して歩かなければならない。たまに赤テープはあるが、藪漕ぎに慣れていないと道をロストしてしまう危険性がある。
迷子になっているのではなく、ここが登山道なのだ!(photo:ちゅーた)
西大ホラ沢出合から北燕沢出合までは沢沿いを行くのだが、何度も濡れる危険性の高い渡渉を繰り返す。ここもテープは点在しているが、見落としやすく、気づかず進むと渡渉困難に陥るだろう。
それとコース全体的に登山道が崩落している箇所が見受けられる。これがいちばん危険かもしれない。花崗岩の砂礫なので、足場が脆く崩れやすい。
ここが登山道? と思うかもしれないが、よく見ると頭上に赤テープが。ちゅーたさんの前にいるのは、初日から抜きつ抜かれつしている富山のベテラン登山者。前に東沢登山道を歩いたことがあるというのでごいっしょさせてもらった。以前は秋で渇水気味だったらしく、今回は梅雨時期で水量が多く、渡渉が大変とのこと。
水量がとか、ほかにも注意点をあげるとキリがない。チャレンジするときはほかにも破線ルートを歩いたことがあるような登山に慣れた人と行こう。
ぼくたちのこのコースの感想は「冒険的ですごく楽しかった!」だ。慣れた人なら、歩きやすい(やすすぎる)合戦尾根より、東沢登山道のほうが楽しめるかもしれない。
無事、中房温泉に下山。ここはバス停や駐車場のある登山口から少し登ったところにある温泉旅館。内湯と露天で14のお風呂があり、それらひとつひとつ源泉がちがうのだという。日帰り入浴は登山口にある「湯原の湯」のみ。
ちょうど中房温泉についたころからポツポツと雨が降り出した。燕岳方面を見ると厚い雲に覆われている。次に来るバスに乗り、穂高駅から車がある信濃常盤駅まで電車で戻れば、まだランチ営業中にどこかの店に入れそうだった。バスまでの時間で中房温泉に入ろうかとも考えたが、着替えは車の中。また同じ服を着るのはイヤだということになりガマン……。
今回の山行は本当に運がよかった。この日程の前後はずっと雨。ジメジメして落ち込んでいた気分も、北アルプスの絶景を眺めていたらすべてリセットされたようだった。梅雨が明け、夏になり、高山はベストシーズンに入る。このご時世、あまり人の多いところには行きたくないのではないか。そんなとき、餓鬼岳を思い出して欲しい。静かでマイペースな山行ができるだろう。
(モデル=ちゅーた 写真・文=河津慶祐)
※破線ルートは道が不明瞭であったり、通過が困難であったりと、リスクが高いルートである。とくにこの東沢登山道は事故や遭難が頻繁に発生しているので、初心者は単独で絶対に歩かないように。