- 山と雪
【遊び場の探し方】ルートマップを手放して、地形図を見つめ直してみる
2020.11.02 Mon
壽榮松孝介 インタープリター
先日「山の名前から遊び場を探すこと」に関する記事を書きましたが、今回のテーマは「地形図から遊び場を探すこと」です。ルートマップを手放して、地形図を見つめ直し、遊び場を探しみませんか? という提案。
登山に精通した人ならご存知かと思いますが、そもそも「地形図」とはなんなのでしょうか?「地図」は登山をしない人でも日常的に使うものかと思いますが、「地形図」という言葉は聞き慣れない人もいるかもしれません。地形図について、『広辞苑』では以下のように説明されています。
——土地の起伏・形態・水系、地表に分布する地物の配置などを描いた地図。通常、等高線によって地形を表す。一般に縮尺が1万分の1から10万分の1のもので、日本では縮尺1万分の1、2万5千分の1、5万分の1の3種類。 ——
説明を読んでも頭にクエスチョンマークが浮かぶ人も、画像を見れば、「あ、それのことね!」と地形図を思い浮かべることができるのではないでしょうか。
中学生の授業で誰もが習う地形図。(出典:国土地理院)
さまざまな縮尺のものがある地形図ですが、この記事では、国土地理院が刊行している2万5千分の1縮尺の地形図について触れてみたいと思います。
地形図は、書店やネットショップで購入することができますが、インターネット上でも無料で閲覧・利用(*1)することができます。検索エンジンで「ウオッちず」と打つと、国土地理院が提供する地図閲覧サービスのページがでてくるはずです。この「ウオッちず」、かわいい名前に似合わず、年代別に検索できる古地図や、土地の起伏がひと目で分かる赤色立体地図、自分でカラーパターンを選べる色別標高図など、さまざまな地図をクリックひとつで閲覧することができる、スゴいヤツなんです。「ウオッちず」について深堀りすると、それだけでひとつの記事ができてしまうくらい機能満載なサービスなので、今回は割愛しますが、ぜひ一度のぞいてみてください。気がついたら半日経ってしまうくらい、おもしろいページです。
(*1) 用途によっては申請が必要です。
日本全国、離島も含めて、すべての地形図をインターネット上で閲覧することができます。
地形図にはルートマップやガイドブックで表される「所要時間」「危険箇所」「水場」といった文字情報は表示されていません。文字で表されるのは、山・尾根・沢・小屋・地域などの名前や、ポイントになる地点の標高くらいです。だれかの経験に基づいた数字や言葉は掲載されておらず、見やすい等高線や地形など、客観的なデータに基づいたたしかな情報(*2)が詰め込まれています。
(*2) 地形崩壊などにより地形図上の情報と現場の状況にギャップが生じることもあり、「地形図は100%正確である」とは言いきれません。
うつくしい景色や登頂の達成感などは、だれもがイメージできる登山の楽しみだと思います。ですが、攻略本を使わずにテレビゲームのクリアをめざしたあのころのように、限られた情報から山の様子を想像し、妄想にワクワクと胸を膨らませながら山に向かうことは、地形図を使った登山だからこそ得られる楽しみだといえます。登山、すなわち山に登るという行為が、これから自分を待ち受ける楽しさやワクワクの消費活動だとすれば、地図を眺める時間や必要な荷物を選んでパッキングする時間、山道具をメンテナンスする時間は、その楽しさやワクワクを生産する時間といえます。一見地味ながら、とてもクリエイティブで、個人的には大好きな時間です。
(出典:昭文社 山と高原地図)登山者が多く、情報量の多い八ヶ岳も、地形図で見ると地形がくっきりと浮かびあがり、ちがった側面が見えてきます。(出典:国土地理院)
ここまで記事を読んでいただいて、「なんだかおもしろそうだな」と感じた人は、実際に地形図を開いてみて、ぜひ細かな地形にググっと目を凝らしてみてください。ふだんは目を向けない足元の花をのぞきこんだときのような、地形の小宇宙が広がっているはずです!
むずかしくて足を踏み入れることのできない場所や、立入禁止の場所にもトリップできるのが地形図の魅力。アートのような地形に目を向け、妄想を膨らませれば、あたらしい世界がひらけてしまうかもしれません。(出典:国土地理院)
ガイドマップに書かれている「展望よし」「うつくしいブナ林」「お花畑」といった説明文は地形図には書かれていないので、自分の感性を研ぎ澄ませて、まずはとにかく気になる地形を探してみましょう。ポイントは “直感” です。「なんかこの尾根かっこいい!」とか「この広場で寝転んだら気持ちよさそうだなあ」とか「こんなところに池がある!」とか。あまりむずかしいことは考えずに、子どものころのような気持ちで地形図を眺めてみると、遊びの可能性がググっと広がります。
奥美濃の谷(地形図)。(国土地理院のデータをもとに作成)
奥美濃の谷(航空図)。
奥美濃の谷の標高1,150m付近。詰め上がる直前に稜線と谷が並行して走っている不思議な地形に心惹かれて訪れました。
山頂付近まで水が途絶えず、浅い水流にはイワナが溢れ、空想世界のような場所だった。
そして、気になる場所が見つかったら足を運んでみましょう。思い描いた地図のなかの世界に想像を膨らませながら、目の前に現れる風景を楽しんでみてください。私の場合、「思ったとおりの景色だった!」という経験は、残念ながらほとんどありません。でも、それこそが地形図を使った登山のおもしろさだと感じています。紙一枚では決して表しきることのできない、山の世界の奥深さを感じる瞬間です。
身延の谷(地形図)。(出典:国土地理院)
身延の谷は、ぐねぐねと曲がりくねった地形に、壮大なゴルジュを期待して訪れてみたが、実際に訪れてみると緩やかな流れの続く柔らかい谷でした。
谷川岳に位置する稜線に繋がる尾根、俎嵒(まないたぐら)。(出典:国土地理院)
俎嵒という名前と、崖マークの連続する地形に切り立ったナイフリッジを想像したが、実際はとくに困難のないやさしい尾根でした。
ルートマップやガイドブック、インターネット上の記録などに載っている言葉や数字は、少なからずだれかの主観や経験に基づいた情報であるともいえます。登山の安全性を高めるために、事前の情報収集は重要な作業のひとつではありますが、だれかのつくった、だれかの主観や経験が介在した情報を目にすることは、もしかすると自分の感性にフタをすることにつながるかもしれません。
私は、登山はあくまでも遊びだと考えています。遊び方はもちろん人それぞれですが、楽しく遊ぶためにはリスクをきちんと把握することも、受けとる情報を選択して自由な発想で山に向かうことも、どちらも大切なことだと思います。
なんて、えらそうに言いながら、グーグルでせっせと山の情報を検索することだってよくありますが、いつも自由な遊びの精神を忘れず、山に向かいたいものです。