- 山と雪
アメリカ版百名山・フォーティナーズに挑む! コロラドで2番目に高いマッシブ山
2021.08.30 Mon
佐藤 ジョアナ 玲子 剥製師(修行中)
日本に百名山があるように、私が住むアメリカ・コロラド州にも山好きがこぞって制覇をめざす山々がある。
その名も、フォーティナーズ(14ers)。
フォーティナーズとは、標高14,000フィート(約4,267m)をこえる山のことで、ロッキー山脈に53座ある。
標高だけで考えると富士山よりも高いのだが、そもそもコロラド州自体が標高の高い地域にあり、平地に位置する州都のデンバーですら海抜が約1,600mの高地にある。そのため、フォーティナーズのなかには標高3,000m近い登山道の入り口から日帰りで登れる山や縦走路が多数あり、ハードコアな山ヤのみならず地元民や観光客にとっても「いつか登ってみたい目標の山」として人気がある。
そうでなくとも、コロラドはアメリカの山岳スポーツのメッカだ。私は昨年、山好きとしての念願叶ってコロラド州へ引っ越してきて、このフォーティナーズ全53峰を制覇しようと思い立った。もし達成すれば、おそらく日本人女性初だろう。
早速、冬の間にGreys Peak(グレイズピーク 4,352m)、Torreys Peak(トーリーズ・ピーク 4,351m)、Quandary Peak(クアンダリーピーク 4,348m)の3峰を登ったのだが、登山口へのアクセスに必須となる雪道が走れる四輪駆動車が不運にも壊れ、登山から離れること早半年。
ついに夏を迎え、ようやくまた山へ登る機会に恵まれた。
登るのは、彼氏の家の裏山。庭(画像)から見て左手に見えるのがフォーティナーズ最高峰のMt. Elvert(エルバート山 4,401m)。そして右手に見えるのが今回登るMt. Massive(マッシブ山 4,398m)。ちなみに画像中央の廃屋は、家を買ったときに庭のはずれについてきたものらしい。
裏山といっても、両方ともれっきとしたフォーティナーズのひとつである。
そもそもこの家が建っている町、Leadville(レッドビル)は標高約3,100mの高地にある。どちらの山も、フォーティナーズ中でも少ない高低差によって日帰りで登れる4,000m峰として知られていて、関東でいう高尾山的な存在でもある。
エルバート山はそのあまりの人気から、夏場は登山口の3㎞手前に通行止が敷かれ、そこからさらに路駐の列が1㎞続く大混雑。一泊の山行で登ったグループが帰路につく昼過ぎ、午後1時に入山すると、ちょうど空いたスペースに駐車することができた。
この遅い時間のスタートは、山に登るには少し非常識かもしれない。なんといってもこの地域の夏場の天気は、午後に天候が急変することが多く、突然雷雲がやってくることもめずらしくない。
最高峰の山はまた今度、ベストコンディションのときの楽しみにとっておくとして、今回はMt. Massiveを登ることにする。
「まあ、行ってダメだったら、引き返してこよう。いつでも行ける裏山なんだから」
とりあえず、登れるところまで登ってみることにした。
私が登山と出会ったのは、高校生のころ。もっとさかのぼると子どものころは小児喘息を患っていたせいもあって、運動とは縁がない生活をしていた。極めてインドア派だった両親は、私をいわゆる箱入り娘に育てたかったらしい。「山登りは野蛮だ」と、ことあるごとに口にしては、洗脳的なインドア英才教育を私に強いていた。おかげで山登りなんか一度もやったことがなかったのだが、高校に入ってついに反抗期を迎え、山岳部に入部した。
運動経験が乏しかった私は、どれくらいの疲労度で「疲れた」という言葉を口にするものなのか、感覚的に理解できておらず、結果的にいつまでも文句を言わず楽しそうに登り続けるアホな部員になった。
そうして、大人になっても今日までどっぷり山の世界にハマってしまったのである。
夏のフォーティナーズを登るのは私にとってはじめての体験。
冬山の、音が雪に吸い込まれていく凛とした世界もうつくしいけれど、夏山の生命力に満ちた景色に囲まれると、自然と足が軽やかになる。
夏の陽気を待ちきれなかったみたいに、雪は溶け出して小川をつくり、遠く下流へ向かって旅に出ていく。
そしてその周りでは、色とりどりの花が芽吹き、そして巣穴から出てきた動物があちこちを走り回っている。
人間だけじゃない。花も動物も、みんな夏を待っていたんだ。
この花は、コロラドの州花、ブルー・コロンバイン。
1820年にフォーティナーズのひとつであるPikes Peak(パイクスピーク)で発見され、州内の子どもたちによる投票の結果、1891年に州花として選定された。
コロラドのロッキー山脈をはじめとした高地にしか咲かない固有の花で、その貴重さゆえに無断で摘み取ることが法律で禁止されている。
中央の白い花びらと、後ろに伸びている細長い尻尾のようなものは、じつは繋がっていて、全部で5枚の花びらを形成している。白い花びらを包むように生えている大きい紫色の部分は、じつは花びらではなく、花のガク。
タンポポや桜を想像するとわかるように、花のがくは大抵、花びらよりも小さく目立たないものが多い。しかし、ブルー・コロンバインのがくはかなり大きく開いていて、真上から見ると花びらよりも存在感がある。かなり特徴的な構造をした花だ。
コロンバインとは「オダマキ」という意味。日本でもなじみ深い花だろう。
コロラドの山に咲いているたくさん花のなかで、私のいちばんのお気に入りはブルーベル。
とても小ぶりで背が低い花が、草の合間を縫うようにしてひっそり咲いていて、その姿はどこか日本的な奥ゆかしさを感じる。
青と紫のグラデーションはまるで紫陽花を見ているようで、なつかしい気持ちになる。
岩に立っているのはマーモット。
4,000mくらいの高い標高にありながら、このあとマーモットは私の先頭を元気いっぱいに走って急勾配を登って行ってしまった。
高地の山岳地帯に住む動物はとにかくタフで、その生態は謎でいっぱいだ。
マーモットは岩陰に巣穴を掘って暮らしていて、9月〜4月にかけて長期間続くコロラドのきびしい冬の間は、地面の下で冬眠して過ごしている。つまり、1年の3分の2程度は寝て過ごしていることになる。交配、出産、子育てなどを残りの3分の1で行なうとなると、起きている間はかなりせわしない生活になることが想像できるが、それでも食後にはよく昼寝をするなど、とにかく眠るのが好きな動物らしい。
マーモットの冬眠は、熊の冬眠とくらべると特徴的な点が多々ある。まず、マームットの冬眠は寝たり起きたりを繰り返していて、2〜3週間眠り続けたあと、一旦覚醒し、半日くらい巣穴で過ごして、またふたたび眠りにつく。
しかも熊の場合、冬眠中の体温は33度程度とされているが、マーモットは5度近くまで下がるらしい。冬眠中、一旦覚醒するたびにかなりの急勾配を描くかたちで体温を上げたり下げたりしていることになる。
マーモットの冬眠と覚醒のサイクルは、夏がくるまでなんども繰り返される。一体なぜ冬眠の途中で覚醒し、巣穴の中でなにをして過ごすのか、いまだに詳しく解明されず謎に包まれている。
約4,398mの山頂で体毛を岩の色に紛れさせているのは、パイカという動物。ネズミのようにも見えるが、じつはウサギの仲間らしい。
おどろくことに、パイカは寒さがきびしい地域に生息しながら、マーモットとちがって冬眠はしないという。冬眠のかわりに、夏の間に可能なかぎり餌を集めて貯蔵し、冬を乗り切るのだ。一匹200gにも満たない小さな動物だが、ある研究によると、冬に備えて最大で27㎏も干し草を貯めることができるという。
そうやって動植物に癒されながら、残雪乗った岩場を歩き、無事に山頂へ到着。
山頂まで来てしまえば、森林限界の上だから、植物はなにも生えていない。足元には無機質な岩が、ただゴロゴロと積まれている。そして今度は遠くへ目をやると、いま自分が立っている山頂と同じように、岩肌をむき出しにした無骨な山々に周囲を囲まれているのがわかった。見渡す限り、グレーな世界。どれも4,000m級の山々だ。コロラドには、登っても登っても登りきれないくらい、高い山がたくさんある。
山頂に着いたことを彼に連絡すると、こんな画像が送られてきた。
家から望遠鏡を覗くと、山を歩く登山者の姿が見えるらしい。右端にうっすら写っている人影が私である。
しかし「私がいる山頂からは家が見当たらない」と返信すると、家庭用の打ち上げ花火で位置を示してくれた。
バッチリ、見守られている。さすが家の裏庭だ。
まさに、一人だけど、独りじゃない。「こんな登山ははじめて」っていったらノロけに聞こえるだろうか。
そして午後6時。行動食に持ってきた昨晩の残り物を食べ、下山を開始。途中で雹に降られたものの、山頂付近以外は残雪もなく、サクサク下っていく。
喉が乾いてきたところで、登山道を横切る小川の水がかなり透明なことに気がついた。この山の雪解け水は下流地域の上水道を支える源流の一部でもあるので、考えようによってはこのうえなく新鮮な水であるのは間ちがいない。
せっかくなので、雪解け水を小川から直飲みしてみる。
軟水の味がする。
森林限界ギリギリの高さを流れている水なので、きっと地面を通って濾過される時間が短く、あまりミネラル分が含まれていないのかもしれない。
その後、お腹の調子に変化はなかったけれど、検査されていない小川の水なので飲むのは自己責任で。
午後8時30分。夕焼けに照らされてヘッドライトなしでも歩けるギリギリの時間に駐車場に帰還。
道がわかっていて、必要な装備を持っているなら、人気の山は午後の遅いスタートで人手を避けて登るのも選択肢のひとつかもしれない。
今回登ったマッシブ山は、フォーティナーズ4峰目。
フォーティナーズ制覇まで残るは49峰。
今後、トレランで縦走してみたい山もあるし、スキーで下ってみたい山もある。まだまだ先は長いから、それぞれ楽しみながら登っていこうと思っている。