- 山と雪
いよいよ9月25日から運用開始! 信越トレイル延伸区間を歩く【前編】(天水山〜秋山郷結東)
2021.09.22 Wed
滝沢守生(タキザー) よろず編集制作請負
信越トレイルは構想から21年、悲願でもあった天水山から苗場山までの区間が延伸され、総延長およそ110kmのロングトレイルとして、2021年9月25日から正式に運用が開始されます。Akimama編集部では、緊急事態宣言の間隙を縫って、ひと足お先に延伸区間をトレース。この延伸区間を前編と後編の2回に分けてレポートします。
前編では、関田山脈にある天水山(1088m)から、信濃川の河岸段丘へと続く水田を抜け、日本一の豪雪地としても名高い長野県栄村、森宮野原までのセクション7。そして、広大な台地上の水田地帯から高原の牧場を経て、苗場山麓の秘境、秋山郷へと至る山から里へのセクション8。この2つの区間は、豊かな自然に育まれた日本の山里の原風景そのもの。まるで「日本昔ばなし」の世界にタイムスリップしたような、懐かしさと人の温もり、そして、自然の恵を心ゆくまで感じることができる1泊2日のファースト・ステージを紹介します。
信越トレイルの生みの親でもあった作家の加藤則芳さんは生前、「ロングトレイルは長編小説だ」と言っていました。 各セクションそれぞれが、魅力的で独立した短編として成立しているが、一貫したテーマが全編にわたって貫かれており、クライマックスに向かって次々にページをめくりたくなる興奮がある。「だから、ついつい次の展開が気になって、早足になってしまうんだ」と言っていたことを思い出します。
DAY1 Section7(松之山口〜森宮野原駅)
セクション7は、天水山のブナの森から始まる。ちょうどこの日は、あいにくの雨。しかし、「ブナの森を満喫するなら、雨の日がまた趣があっていいんですよ! ラッキーですね」というのは、このセクションをいっしょに歩いてくれる信越トレイルクラブのスタッフ黒川小角さん。黒川さんは、アメリカのパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)4260kmやコンチネンタル・ディバイド・トレイル(CDT)4873kmを歩いた筋金入りのロングトレイラーだ。バックパックには、それぞれのトレイルのワッペンが、さりげなくキラリと光る。 めちゃくちゃカッコいい。
シトシト降る雨も森の中ではあまり気にならない。ブナ(橅)という漢字は、木ヘンに無と書く。使い道の無い木というのが語源だ。保水力のあるブナは、湿気を吸いやすく、しっかりと乾燥させないと使えない。しかし、硬くて粘りがあるので、曲げに強い特性を活かした曲線的な家具や器などに適している。このブナのおかげで、山は豊かな生態系を育んでいるのだ。うっすらと霧が立ち込める幻想的な森を、しばらく歩いていくと、圧倒的な存在感のあるブナの木が姿を現した。
それはまさに、眼前に現れたという言い方がピッタリくるほど、生物としての生命力がひしひしと伝わってくる異形のブナだ。今にも歩き出しそうなそのブナは筋肉隆々、脈打つ鼓動さえも聞こえてきそうだ。皮肉なことに、役にたたないということで伐られなかったブナが、威風堂々とした大木となって目の前に存在している。
天水越のブナ林を登っていくと、森宮野原方面へと続く尾根の分岐に出る。この尾根がちょうど長野県と新潟県の県境となる。長野県側の谷を渡ってくる冷たい風がとても心地よい。
背丈ほどの灌木を縫うように、さらに南へと高度を下げていくと、前方の視界が開け、今回のゴールでもある苗場山(2145m)が正面に見えた! 自分たちが進むべき目標が見えているのは、山岳縦走にも似ている。いったん谷まで下って、河岸段丘を登り、さらにまた、その先にゴールはある。地図を見ながら、これから先の行程をあれこれと想像する。まだまだ、旅は始まったばかりだ。
そうして、眼前の苗場山やピラミダルな鳥兜山(2038m)を見ながら森の中をしばらく下ると、森宮野原へと続く林道に出る。この合流点が里山出合。まさに、山と里が出会う場所で、ここから先は、林道と田んぼの中の農道歩きとなる。
午後になると谷から雲が湧いてきて、正面に望む中子の水田地帯が、天空に浮かぶ田んぼのように見える。信濃川の河岸段丘は、かなりの高度感があり、谷を隔てた雲上の田園風景は、まるでインカ帝国の遺跡、マチュピチュのようでもある(行ったことはないが・・・たぶんこんな感じに違いない)。
田園風景の中をしばらく歩いていくと、栄村の市街地へと出る。道の脇にはやたらと背の高い消火栓がある。いったいどうやって、この消火栓にホースをつなぐのか不思議に思っていると、「冬になると普通の消火栓では雪の中に埋もれてしまいますから」と黒川さんが教えてくれる。なるほど、消火栓の高さから想像する栄村の積雪量は、想像を遥かに越えている。
飯山線の線路に沿って歩いていくと、可愛らしい森宮野原駅が見えてくる。トレイルは踏切を渡り、駅舎の中を通り、駅前へと続く。ここが山と里をつなぐ結節点となる。森宮野原駅と越後湯沢駅までの間は、路線バスが運行しているので、ここから天水山をめざし、セクション7を往復してから、セクション8、9、10と歩いて越後湯沢駅に戻ることも可能だ。
森宮野原駅には軽食をとることができる喫茶スペースや、飲み物やお菓子なども購入できる売店もあるが、電車の運行時間が営業時間だ。トイレもあり、無料WIFIも利用可能なのがうれしい。森宮野原駅前には、日本最高積雪地点7.85mの積雪を表す標柱が立っている。昭和20年2月12日に観測されたこの記録は、今もなおJRが管轄する日本の駅での最大積雪深だ。その標柱を見上げながら駐車場を進むと、栄村震災復興祈念館「絆」がある。栄村に甚大な被害をもたらした2011年に発生した長野県北部地震の記憶を後世に伝えていくためにオープンした施設で、栄村秋山郷観光協会の事務局でもあり、信越トレイルのビジターセンターも兼ねているので、周辺情報をここで入手しておくといいだろう。
栄村はトマトの産地ということで、トマトを使ったヨウカンをお茶うけに、ほっとひと息。地図を見ながら明日からの行程を確認する。
本日の宿泊は駅前にある吉楽旅館。「よらっしゃれ(いらっしゃい)」と書いてある看板もトマト! 前に停めてある車もなんとなく、トマトをイメージ?
今はご法度だが、宴会・会席と書かれているように、吉楽旅館は食事がおいしいと評判の宿! 季節の山菜や新鮮な肉や魚を使った、小鉢が次から次と出てくるので、お酒は進み、宿の陽気な女将さんとの会話も弾む。いつまで写真を撮ったらいいのか、どのタイミングで白いご飯を食べれば良いのかなど、なかなかタイミングが難しい。こんなに温かいおもてなしを受けて、大満足の初日は約7.2kmを歩いて終了。
DAY2 Section8(森宮野原駅〜結東)
2日目、おいしい朝ごはんをたらふく食べて、雪割屋根が特徴的な民家を横目に出発。セクション8は、森宮野原駅前から信濃川の河岸段丘を登り、中津川溪谷沿いの秋山郷、結東へ至る17.2kmの長丁場。今日は信越トレイルクラブのスタッフ、佐藤有希子さんといっしょに歩く。佐藤さんもアパラチアントレイルを歩いているロングトレイラーだ。この区間は舗装路も多いのだが、急峻な崖を登ると、伸びやかな水田が広がり、目の前には苗場山を望む。さらにその先には広大な妙法育成牧場が広がり、トレイルの脇では牛が昼寝をしていたりと、まるで、どこかの高原を歩いているような変化に富んだセクション。
歩き始めるとすぐに、千曲川沿いにある道の駅「信越さかえ」が見えてくる。ここには売店や産直もあるので、食料などを調達することもできる。牧場が近いということもあってか「さかえソフト」という看板に誘われて、スタート早々から糖分補給。あんずジャムの酸味とミルクの優しい甘味が絶品の「さかえソフト」は星5つ!
長野県栄村をあとに、信濃川をわたると新潟県津南町へと入る。道路脇から急な斜面につけられた道を上っていくと、上郷小学校へと続く道に出る。
反里口(そりぐち)集落は、とても美しい集落で「天狗」と「ジジ・ババ」と呼ばれる翁面を被った人を先頭に、神輿などといっしょに神社まで奉納巡行する伝統行事が今も残っており、お盆には多くの人で賑わうという。
左手の崖ぞいにつけられた道を集落に向かってさらに歩いていくと、精緻な彫物と重厚な作りに歴史を感じさせる矢放神社が見えてくる。
そうして、集落の墓地の脇を抜けて、さらに段丘をひと登りすると、見渡す限りの田んぼが広がる水田地帯が目の前にパッと開けた。
振り返ると、昨日降りてきた、天水山から東へつながる稜線が見える。昨日はあの稜線からこの水田地帯を眺めていたのかと思うと感慨深い。
水田脇の林沿いの道を木陰を求めながら、苗場山の方角に向かって歩き始める。青々とした稲が風に揺れる様は、まるで草原の中を歩いているようだ。
しばらく歩いていくと、木陰に腰をおろして、なにやら作業をしているおばあさんがいた。あいさつをすると、新潟の名物でもある、チマキを作るための笹を集めているという。新潟のチマキは三角チマキとも呼ばれ、もち米を笹で三角にくるみ、笹の香りが芳しい。殺菌や抗菌、防腐作用があるため、古くから保存食としても優れ、端午の節句に笹団子といっしょに食べられてきた。
「ここは涼しくて、あ〜じょんのびだぁ〜」というおばあさん。じょんのび、とは新潟の方言で、のんびり、極楽などという意味だという。トレイル上で食事や水などを提供してくれたり、ハイカーをサポートしてくれる人をトレイルエンジェルと呼ぶが、おばあさんのキラキラした笑顔は、まさに、エンジェルそのもの!
広大な水田地帯にまっすぐ続くトレイルはまだまだ続く。しかし、遠くに見える苗場山が歩いた分だけ近づいてくる。中子の集落まではもう少しだ。
集落に入る手前に、ちょうどここで休んでくださいと言わんばかりの、枝振りのいい木が木陰を作る休憩ポイントがある。その先には「中子の桜」で有名な小さな湖がある。
春先には水面に映る桜と淡い霧がまるで日本画のように美しい、と写真家にも人気の撮影スポットが「中子の桜」だ。残雪の山と桜の開花が同時に見られるというのも珍しい光景で、湖の対岸には農家民宿もあり、宿泊も可能。
中子の集落を後に、目の前の妙法山(645m)を回り込むように、アスファルトの舗装路をグイグイと登っていく。セクション8の核心部が、この長い舗装路の上り坂だ。ひたすら目の前だけを見ながら黙々と歩いていくと、さっき休んでいた中子の湖と広大な水田をのぞむことのできるビューポイントに出る。
たおやかな起伏のある台地上に出ると、やがて牧草地帯が開けてくる。標高630mから950mほどの緩やかな高原地帯に広がる妙法育成牧場だ。田園地帯から高原の牧場へ、まるで北海道かイギリスのフットパスを歩いているかのような気分だ(行ったことはないけど)。
育成牧場とは、乳牛の子牛を預かって、広い牧場でのびのびと育て、大きくなったら再び県内の酪農家の元へと返す牛の保育園のようなもの。放牧によって足腰が強くなり、ここで育った牛は、たくさんのお乳が出る、元気でたくましい牛になる。
おいしそうに草を食みながら歩く牛たちを見ながら歩いていたら、私たちも小腹が減ってきたので、道路脇の空き地で小休止(*柵を越えて牧場内に入ってはいけません)。どこかにしぼりたての牛乳やヨーグルトが飲めたり、チーズやアイスクリームなんかが食べられたりすれば、モウ最高なのだが……。
牧場地帯の南の縁に沿って再び舗装路を歩いていくと、草原からしだいに樹林帯へと様相が変化してくる。そろそろ、あずき坂へと向かう森のトレイルと入る分岐があるのだが、トレイルのオープン前なのでまだ道標もない。
地図を確認して左手の森に入ると、若いブナの疎林に続くトレイルは、舗装路を歩いてきた足にとても優しいフカフカした道だ。明るいブナ林の中は涼しく、セミや鳥など生き物たちの賑やかな声も聞こえてくる。
気持ちのよいブナの森をしばらく進むと、大きな杉木立の下にたたずむ道祖神「あずき地蔵」に迎えられる。ここが結東への分岐となり、秋山郷への急な九十九折の坂があずき坂だ。あずき坂は、昔の人たちも利用した古い道で、結東集落にある古峯神社の裏手へと続く。
歩き始めると眼下に中津川の谷底に続く秋山郷の集落が見えてくる。広い青空が広がり、陽の光がさんさんと照りつける田園地帯から高原牧場を抜け、みずみずしい森から深い山間の集落へ。変化に富んだ日本の自然と、山里の暮らしがオムニバスのように展開する。
地図で見るとかなり等高線が詰まって急傾斜に見えるあずき坂だが、南東に面した明るいブナの森はとても歩きやすい。しだいに高度を下げていくと、遠くから沢の音も聞こえてくる。
古峯神社の苔むした階段を注意しながら降りていくと、いよいよ秋山郷結東温泉、かたくりの宿が見えてくる。長野県から新潟県に流れる中津川の深い渓谷沿いにある秋山郷は、急峻な地形と冬の豪雪のため人の往来も少なく、外界から隔絶された厳しい生活環境と、独自の文化から長い間、秘境と言われてきた。
2日目のセクション8は、森宮野原から結東まで約17.2kmを歩いて終了。ゴールは、秋山郷の結東集落にあるかたくりの宿! 1992年に閉校となった小学校を改築してオープンした温泉宿泊施設で、往時の姿をそのままに、再び人が集う集落のシンボルとして新たに生まれ変わった。旧校庭跡はキャンプサイトにもなっていて、テント泊も可能だ。また、信越トレイルのビジターセンターも兼ねているので、気軽に立ち寄ってみたい。
私たちを温かく迎えてくれたのは、かたくりの宿のご主人、渡邊泰成さん。兵庫県出身の渡邊さんは、京都の美大を卒業後、北アルプスの山小屋で働いたり、インドやネパールの山々を歩いたりと、さまざまな旅の果てに、秋山郷の自然と共に暮らしていくことを決意、2010年に移住してきた。現在、結東集落の住民は50名ほど、渡邊さんは宿舎の裏手に家族といっしょに住んでいる。
朝、部屋の窓から見ていると、集落を走るコミュニティバスを待つ、渡邊さんの娘さんの姿があった。聞けば、ここからバスに乗って、津南町にある小学校まで通っているとのこと。目の前にあるこんなにステキな学校から遠くの学校へ・・・。なんだかとても不思議な感じがした。
かたくりの宿は、雪深い自然と独特の文化を体験できる交流施設でもある、宿で出される食事は、すべて地元の食材や郷土食などが中心。地域の食文化にもこだわり、季節や自然を感じる色とりどりの花や季節の山菜などが食卓に並ぶ。
●秋山郷結東温泉 かたくりの宿
〒949-8316 新潟県中魚沼郡津南町結東450-1
TEL:025-761-5205 FAX:025-761-5206
信越トレイル延伸区間を歩く【後編】へ続く予定!
Section1〜10まで総延長約110kmにも及ぶ信越トレイル概念図
信越トレイルを実際に歩いてみたいという人は、信越トレイルクラブのHPを参照
*9月25日にはシンポジウム、そして26日には記念トレッキングと、延伸記念イベントが長野県栄村で行なわれる予定でしたが、全国的な感染拡大により開催地である長野、新潟両県の特別警報や医療非常事態宣言等の発出に伴い、オンラインによる開催に変更となりました。詳細は以下をクリック!