- 山と雪
【山ヤの子育て】番外編・母よ、野望を忘れるな
2021.11.02 Tue
まつだ しなこ 子連れハイカー
3歳6ヶ月を過ぎた娘は、おどろくほど言葉が上達し、すっかりひとりの女性として面と向かって意思表示をしてくる。ときにその忖度のない言葉のチョイスに、仕事と家事の両立で余裕のない母の心は深くえぐられることもしばしば。先日も娘に「うちのお母さんは “ばっかり” 母さん。忘れてばっかり、怒ってばっかり、いそいでばっかり」と言われ、深く落ち込んだことがあった。
そんなとき、おとな気ない私はつい「お母さんだって、こんなにがんばっているのに!」と売り言葉に買い言葉で、娘にムキになってしまう。スマホをぼんやりいじったり、いれたてのコーヒーをゆっくり飲んだり、トイレにこもる時間もないけれど、それでも掃除洗濯、炊事に仕事、ぜんぶ子どもたちのためじゃない、と。
そんなイライラを友人にこぼしたところ「じゃあ、ぜんぶ旦那にまかせて、自分の好きなところに行ってきたらいいじゃん。さあ、どこに行きたいの?」と問い詰められた。
自分でもおどろいたことに、あれだけ「自分の時間が欲しい」とぼやいているくせに、いざ2日間の自由時間を提案されると、行きたいところややりたいことが即答できない。温泉も山もなんだかひとりで行くのは億劫だ。しばらく考えた挙句、思いついたことが「家の断捨離したいなぁ」ということだった。自分のやりたいことすら見失っておきながら、文句ばかりは果てしなく出ていたことに、われながら苦笑いしてしまう。
先日、娘がボルダリングジムデビューを果たした。ジムに行っても自分は1回も登らず、ひたすら娘のサポート。
最近はすっかり忘れていたが、登山を本格的に楽しんでいるときは、アルプス全山縦走することが目標だった。娘が生まれ、いつかいっしょにその目標を達成できたら、なんて想像してワクワクしていたのに、いそがしさを理由にトレーニングもせず、文句ばかり。娘の指摘通り、“ばっかり母さん” そのものだ。
目標達成に必要な3原則
そういえば、仕事でも似たようなことがある。
20代のころ私は、ワークホリックな営業マンだった。目標達成のために、繁忙期は徹夜もしばしば。そうなってくると心が不満で覆われて、本当は好きではじめたはずの仕事なのに「自分はなにがしたいのか」がわからなくなり、生産性も落ちてくる。
そんなとき、上司から耳にタコができるほど言われたことを思い出す。
目標を達成するために欠かせないことは3つある。時間の管理、健康の管理、そしてモチベーションの管理だ。仕事を志したときの熱意や、震えるほどやりがいを感じた瞬間が、日々の忙しさで色あせてしまわないよう心に保存し続けることは、自然の成り行きではなく自分自身のたゆまぬ努力なのである。
娘といつかアルプス全山縦走するために、健康で体力を維持しなければならないのは大前提だろう。そのために運動の時間をしっかり確保したい。そしてなにより、山に行きたいというモチベーションを維持するために、ほんの短い時間でも山と接することが必要だ。登山は準備や移動に手間がかかるので、山からしばらく遠ざかってしまうと、だんだん億劫になっていく。いちど冷めてしまったモチベーションを再加熱することは、なかなかむずかしい。山が好きだ、という気持ちを忘れないためには、やはり山に行くしかない。
そこではじめたのが、平日の早朝、高尾山登山からのリモートワークdayをつくること。
静けさにつつまれた、早朝の高尾山
早朝の高尾山の山頂。オリンピック前だったので、期間限定のエンブレムが飾ってあった。さすがに早朝はだれもいない。
休日に子どもふたりを夫に預けて、1日がかりで山に登るとなると、夫との交渉が難航する。子どもたちもいっしょに行きたいと、だだをこねる。
そこで平日の勤務前に高尾山へ登ってしまおうと思いついた。リモートワークが認められているこの時代だからこそできることだ。平日であれば、子どもたちは保育園に行くので、夫がワンオペ対応する時間も起床から登園までの2時間ほどですむ。
始発でわが家を出発すれば、6時には高尾山口駅に到着する。ふだんは人でごった返す高尾山口の駅前も、さすがに始発の時間帯とあれば人もまばら。トイレ行列もなく大変快適だ。そこから稲荷山コースを早歩きで往復すれば約2時間。登りですれちがう人は数人程度。下山してもまだ8時である。
ゆっくり朝ごはんで最高に贅沢な1日を
“早朝高尾山登山” を働くお母さんにオススメする理由は人の少なさだけではない。
下山後に高尾山の麓にある「Mt.TAKAO BASE CAMP(通称:高尾ベース)」に寄れば、最高の環境でリモートワークができるのだ。
高尾ベースは高尾山口駅から徒歩5分のところにあるカフェ&バー兼ゲストハウス。シャワーブースや登山靴のレンタルサービスも行なっており、ハイカーやトレイルランナーたちの基地として愛されている。
カフェ&バーは7時から営業(*1)。はじめての利用の際はスタッフが親切にシステムを教えてくれる。
(*1) 新型コロナウイルスの影響で臨時休業や営業時間の短縮あり。
シャワーは440円(税込)で利用でき、シャンプーやリンスはもちろん、化粧水や乳液も設置してあるのでアメニティ系は持っていく必要がない。
シャワーを浴びてさっぱりして、ここまでで8時半。ちょうどいつもの始業開始時間である。
そして、最高にうれしいのがボリューム満点の朝ごはんを食べられることだ。だれかがつくってくれた温かい朝ごはんを、子どもたちにジャマされずゆっくり食べる。母親業をやっていると、このありがたさが身にしみて、毎度、涙が出そうになる。
広いテラス席もある開放的な店内で、自然の風を感じながら仕事をする数時間。仕事しているはずなのに、リフレッシュできる不思議な時間だ。
11時まで利用したら、昼休憩時間を利用して帰宅。私の場合、午後からは自宅で勤務しているが、1,500円で終日利用できるリモートワークプランもあるので、そちらを利用し、終日、高尾の自然のなかで過ごすのもいいかもしれない。
野望を抱くと、子育てはもっと楽になる
子育てでは、達成すべき目標が次から次へと設定されている。産後1ヶ月検診の目標体重、半年後の離乳食開始が順調に行くかどうか、発語、トイレトレーニング……。いつもなにかしらの現実的な目標に向かって親子ともどもがんばっている。順調に行かないと、まわりとくらべてプレッシャーに追い詰められそうになることもしばしば。そんなとき、私を楽にしてくれるのが目の前の現実から少し目線をそらした、ひとりの人間としての目標なのかもしれない。野望や大志といってもいい。
一生懸命につくったご飯を食べてくれなかったり、歯磨きやお風呂を全力で拒絶されたりすると、「せっかくあなたのためにやったのに!」と怒りをぶつけたくなることも、たまには出てきてしまう。
そんなときには大きなザックを背負って、雄大なアルプスの稜線を娘と歩く姿を想像してみると、スッと肩の力が抜けていく。私には私の野望がある。娘が毎日、健康で大きく成長していくことは “娘のため” ではなく、私のためだ。
私の人生、私の野望、それに付き合ってくれている娘。それくらいの自己中心的な母のほうが、気楽に子どもに向き合えて、育児がうまくいくのかもしれない。娘には、山ばっかり、楽しいことばっかり、笑ってばっかりのお母さん、と言われたいもの。
しなこさんの、パパママへの登山アドバイス
早朝の高尾山は昼間とは別世界な人の少なさです。低山だからと安心せず、万が一のために登山予定のコースや、下山予定時刻はしっかりパートナーに伝えておきましょう。