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【北海道・天売島】海鳥の楽園で体験した、ウトウの一斉帰巣

2022.08.15 Mon

林 拓郎 アウトドアライター、フォトグラファー、編集者

 鳥を見に、島に行ってきた。

 北海道の離島と言えば礼文島や利尻島、そして奥尻島などが挙げられる。しかし北西の沖には天売島(てうりとう)と焼尻島(やぎしりとう)の2島が隣りあって浮いている。そのうち沖側にある天売島は海鳥の島と呼ばれており、毎年3月中旬から7月中旬ころまで、夕暮れになるとウトウという鳥が空を埋め尽くすほどの数で一斉に帰巣(きそう)するのだそうだ。

イラスト:peco

 ウトウは海の小魚を食べている。その生態や名前の響きから、長良川の鵜飼で知られる「鵜(う)」を想像してしまうが、鳥の種類としてはまったく別物だ。事実、鳩を一回り大きくしたようなボディは黒く、どっしりと丸く、鵜飼の鵜のようなスマートさはどこにもない。名前の由来はくちばしの付け根にツノがあることから、アイヌ語の「突起」を意味する語だとされているが、諸説があってハッキリはしない。

 このウトウは断崖沿いの土の地面に穴を掘って巣を作る。初夏は子育ての時期だ。天売島西端の赤岩展望台周辺はこのウトウたちの一大繁殖地になっており、巣で待つヒナたちにエサを与えるため、海で小魚をとった親鳥たちが一斉に巣に帰るのだ。

イラスト:peco

 帰巣を見ることができるのは夕暮れ時だ。船の最終便は出た後なので、その日は島に泊まることになる。天売島ではウトウのナイトツアーが開催されており、ほどよき時間になると参加者はツアーの車で赤岩展望台に向かうのだ。

 地図を見てみると、赤岩展望台は島の西の端だが、人が暮らすのは東の端だ。島は一周12kmほど。このサイズなら自転車でイケるんじゃないだろうか。むしろ自転車で島のサイズ感を確かめながらチャリチャリと走ることができれば、それはそれで楽しいに違いない。それに自転車があれば夕暮れの帰巣を見たあとで宿に戻るのも簡単。ツアーもいいけど、自分のリズムで動くほうが性に合ってるのも正直なところだ。

 とは言いつつ。天売島でのウトウ観察はナイトツアーへの参加が奨励されている。それには何かの理由があるに違いない。自分勝手に自転車でアクセスすることが思わぬ環境負荷に繋がってもいけない、というわけで羽幌町にある北海道海鳥センター(http://www.seabird-center.jp)に見解をうかがってみた。

「初夏は巣立ちの時期で、ウトウのひな鳥がヨチヨチ歩きで道路に出てきてしまうことがあるんです。事情に詳しくない方が車を運転しているとかわいそうな事故が起こりかねないので夕暮れ以降、自家用車やレンタカーで赤岩展望台に近づくことは避けていただけると嬉しいです。もしもご自分で運転なさる場合には巣から距離を置くため、ウトウの帰巣が始まる夕暮れより前に赤岩展望台から1kmほど離れた海鳥観察舎に車を停めていただいて、歩いて赤岩展望台に行っていただくほうが良いです。
 自転車でのアクセスであれば、直接赤岩展望台に行っていただいて特に問題はありません。夕暮れ近くになってからの観察になりますが、鳥に強い光を当てたりストロボを使っての撮影はなさらないようにしてくだされば大丈夫です。
 あと、ウトウはかなりのスピードで飛んできます。ぶつかると人間の方もケガをすることがあるので、じゅうぶんに注意してくださいね」

 とのことだった。これで島に渡り、自転車で鳥を見に行くという、なんだか夏休みフレイバーの濃い動きになってきた。さらに、地図を見れば島の東端にはキャンプ場もあるではないか。

 決まりだ。天売島にバックパッキングに行こう。テントを張ってウトウを見て、気が向いたら何日かのんびりしてこよう。というわけで初夏のある日、コンビニなどは当然なく、小さな商店でも何が手に入るかわからないことから、酒やらおやつやらで60ℓのバックパックをパンパンにして、羽幌港からフェリーに乗り込んだのだ。

天売島はフェリーと高速船とで北海道本土と結ばれている。就航数や料金などは季節によって変わるが、島を訪れた6月ならフェリーの二等船室料金は片道2,330円。羽幌港を出たフェリーは焼尻島を経て天売島に到着する。天売島まではトータル1時間35分だ。

 

生命の勢いがあふれる一斉帰巣

 港は小さな島の交通と物流の拠点であり、産業の中心地だ。ここにある観光案内所で一人1泊500円のキャンプ場受付を済ませ、裏手のレンタサイクル屋さんで自転車を借り受けた。楽そうな電動アシストもあるけれど、急ぐ理由はなにもないので通常の人力バージョンをチョイス。これなら24時間2000円とお値段も格安だ。

生活用具一切を背負って島に来た、というシチュエーションだけでテンション上がり気味。港のレンタサイクル屋さんには飛び込みでうかがったが、タイミングが良かったのか難なくレンタル。ここでは自転車の他にバイク、車、そして釣り道具を借りることもできる。

ママチャリでバックパックというあまりにシュールな風景。思った以上に不自然さはなく、何ならこのまま遠乗りしてもいいと思えるくらいだった。テラフレーム 65のウエストベルトが、ホールド感抜群ながら余計な押さえつけが一切なく、ペダリングをじゃますることがなかったのもナイス。

 こうしてバックパックを背負いながらママチャリを漕いでキャンプ地を目指すというシュールな移動をこなすこと15分。島内唯一のキャンプ場にテントを張って、島の自由時間が始まった。

天売島の「天売島キャプ場」は、島のビジターセンターとも言える「海の宇宙館」の敷地内。広々としたキャンプ場には清潔な簡易トイレや炊事場を完備。また簡易シャワーも備えられており、事前申込みで利用可能(一人300円)。

 荷物をおろして身軽になり、再び自転車を駆って港で美味い海産物の昼飯を食べ、夏の強い日差しと潮風を浴びながら市街地をチャリチャリと走り回り、島の灯台がある丘まで登り、焼尻島を見下ろすベンチでぼーっとした後、小さな商店でアイスを買ってうっかりビールを飲んで昼寝をしたら夕方だった。

せっかく島に来たんだから美味い海産物を食べよう! というわけで食堂へ。この時期、お昼にゴハンを食べられるのはこのお店のみだった。よく見るまでもなく、さっきのレンタサイクル屋さんの隣だ。

たのんだのは「天売産 赤がれい天丼」(1100円)。揚げたてでホックホクの淡白なかれいに甘辛のタレが絡む上品な味わい。「メジマグロとヒラメの漬け丼」(1800円)も人気だそうだ。

灯台は必ず見通しの良いところにある。つまり景色が良いのだ! というわけで灯台に向かってペダリング。そこに至る一本道が、完全に夏休みの絵日記に出てきそうな風景だった。

島の東部には森があり、遊歩道が設けられている。原生林然とした木々の姿に、何度も自転車を止めて見惚れることに。

天売島も、かつてはニシン漁で栄えた。この鰊番屋は明治時代後期に建てられたもの。現存する番屋としては、日本最北とも言われているそうだ。

 ウトウの帰巣のスケジュール感がどんなものなのか、イマイチ掴めない。そこで、ともかく日が傾き始める前に赤岩展望台に到着すべしと、双眼鏡やら防寒具やらを小型バックパックに詰め込んで出発することにした。赤岩展望台までの移動の距離はたった6kmほどだが、標高差約100メートルほどを上ることになる。乗り慣れないママチャリは漕いでも漕いでも進まず、おりて押し、休み、押しを繰り返しながら長い上り坂を詰めていく。

 たどり着いた赤岩展望台は強い海風が吹いて、やや肌寒い。日没までは2時間もあるし、まぁなんとなくウトウとやらを見たら早めに引き上げてしまおう、と思っていた。

島の西端にそびえ立つ赤岩を展望台から見下ろす。海鳥たちが鳴き声をあげながら飛び交う。その向こうにに広がる海の透明度はどうだ。

 なにしろ展望台の先端から見回しても、飛んでいるのは翼を大きく左右にのばしたウミネコばかり。(最初はカモメと思っていたが、あとで見分け方を知った。ウミネコはくちばしの先端に黒と赤の模様があり、尾の先端が黒い) いたずらに双眼鏡で近くの岩に止まっているウミネコや、なんとなく遠くの山を見るだけの退屈な時間だ。

 ひとまず夕焼けがキレイだし、これはこれでいいもんだね、と思っていたら、大きな羽音がした。まるで重量感のある羽虫が、形も分からないくらいの猛スピードで耳元を飛んでいった感じなのだ。振り返るより早くその羽音はそばの茂みに勢いよく飛び込み、ウミネコたちがあとを追って一斉に舞い降りてくる。

 デカイ羽虫が飛んできてヤブに突っ込むなんて、ある? と思いながらもググって、理解した。これがウトウだ。ウトウは海の中に潜って魚を捕る。だから水に沈むことができるよう、比較的重い体をもっている。その重い体を持ち上げる羽ばたきは1秒間に10回以上にもなり、羽虫のような「ブ〜〜〜〜ン」という音をさせるのだ。そしてヤブに飛び込むのは、ウトウが咥えてきた小魚を横取りしようとするウミネコたちを避けるため。その横取りウミネコが狙いにくくなるように、暗くなりはじめたタイミングで、一斉に帰巣するのだそうだ。

ウトウの巣穴。赤岩展望台周辺には、この密度でウトウの巣が掘られている。写真奥の草むらの奥にも、同じような巣穴が延々と続いているらしい。

ウトウが咥えてきた小魚を狙おうと、ウミネコたちが待ち構える。人に対する警戒心が薄いのか、あるいは非常にふてぶてしいのか、ここまで近づいても逃げる気配はない。

 ウトウは鵜のように、獲った魚を飲み込んでまた吐き出すということができない。獲った魚は全部、咥えて巣に持ち帰るしかないのだ。一日がかりで集めた魚をこぼさないように上手にくちばしではさんで、唸りをあげながら羽ばたく。地上近くにはウミネコが待ち構えている。その間を縫って一直線に巣に向かっていく姿は、頑張る主人公として感情を移入するにじゅうぶんだ。

 まさか海鳥が飛んでいるのを見て、感動するとは思わなかった。ちょこっと見たら帰るか〜などと言ってたのは誰だ?って話だ。今や羽音のする先をじっと眺めて、巣に帰ってくるウトウを探す有様だ。夕暮れの中に黒い影が近づいてくる。羽はとてつもない速さで動いているが、時々その口に銀色の小さな魚が咥えられているのが見えるのだ。よし、ちゃんとエサを集めてきたな。頑張れ頑張れ、もう少しで巣だ! その生命をつなぐ姿に、一心不乱に生きる力強さに、言いようのない感動を覚えてしまう。なんならちょっと、目頭は熱くなっていたかもしれない。

 やがて夕焼けを背に、空のそこらじゅうでブ〜〜ン、ブ〜〜ンとひっきりなしにウトウの羽音があふれるようになってきた。そして次々に黒い塊がヤブに飛び込んでいく。ウトウは、どこか遠い海の向こうから湧き出てきて、ふらふら飛んでいたかと思うと、自分の巣の位置を見定めたのか、急激に反転してまっすぐに陸地に突き刺さっていく。時間が経つにつれて、空にはごまつぶのような黒い影が増えていく。

画面の中の黒い影はすべてウトウ。ブンブンと羽ばたきながら、次々に海から帰ってくる。あんなに早く強く羽ばたいて、疲れてしまわないのか、羽を休めたくならないのかと心配になるほどだ。

ウトウの帰巣の様子を動画でも。日暮れ間際にはこの数にまで増えてくる。風の音がうるさいので音量に注意。

 そして双眼鏡でよく見てみると、目の前の海一面に、黒いごま粒が浮いている。状況がわかるまで、まさかその一粒一粒がウトウだと思わなかった。双眼鏡の狭い視野の中でさえ、軽く100羽はいるだろう。どこを見回しても、それが同じくらいの密度で浮いているのだ。飛んでいる他に、まだ海にもこんなにいる......。

 保護のため、ウトウの観察は夜8時頃までを目処とされている。海面に浮かんでいるあのウトウたちも、このあと陸地に帰ってくる。その様子はさぞにぎやかで、命の勢いに満ちているだろう。しかし今日のそれは、鳥の世界のものだ。いつかタイミングが重なった時には、その場に居合わせることができるかもしれない。

 明け方から、雨がテントを打ちはじめた。何となく初日で島も一周したし、今日はまぁいっか〜と、雨音を聞きながらウトウの姿を思い出していた。全力で羽ばたいている姿は、妙にまっすぐで感動的だった。一生懸命に生きる姿は美しい。生き物がもつつややかな生命感に触れた幸せを抱えながら、寝袋に入り直す。その日、島は一日じゅう雨だった。

林 拓郎 アウトドアライター、フォトグラファー、編集者

スノーボード、スキー、アウトドアの雑誌を中心に活動するフリーライター&フォトグラファー。滑ることが好きすぎて、2014年には北海道に移住。旭岳の麓で爽やかな夏と、深いパウダーの冬を堪能中。

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