- 山と雪
【山ヤの子育て】親子登山16座目・4歳児は止まらない、止められない
2022.10.19 Wed
まつだ しなこ 子連れハイカー
物理的限界をこえる、2歳差育児
奇想天外な言動が多い山ヤの夫だが、なかでも娘の産後2週間目に「ふたり目は何歳差がいいかな?」と言い出したときの衝撃は相当なものだった。3時間おきの授乳や夜泣きで根を上げそうな産褥期(さんじょくき)に、もうふたり目の話題が出るとは。
しかも夫は、ふにゃふにゃの新生児を抱きながら、「赤ちゃん期間が短いほうが、早く家族全員で山に行けるから、2歳差くらいがいいよね」と平然と言う。どこまでも山が中心の理由なので、絶対にブレない価値観に呆れてしまう。
そんな山男の思惑通り、第二子である息子が生まれたのは娘とぴったり2歳差。精神的に余裕がなかったひとり目の子育てとはちがい、ふたり育児は物理的に余裕がない。新生児期に息子がケガをしたときは、4キロの息子を前に抱っこし、10キロをこえた娘をおんぶして救急病院に駆け込んだこともあった。
「下の子どもって写真が少ないのよね」とよく聞くけれど、関心の問題ではなく、上の子を追いかけ回していて、カメラを構える暇がない。
コロナ禍での子育てだったということもあり、記憶が曖昧なほど大変な日々だったが、不穏な世の中の雰囲気をもろともせず、息子はすこやかに育ち、あっという間に1歳半となった。いまや、姉と取っ組み合いのケンカをするほどのたくましさ。
子どもがふたりになっていちばん苦労したことは、親が目を離した一瞬の隙に起こる事件事故が激増したことだ。娘ひとりだったころは、母娘で動物園やら水族館にもよく出かけたものだけれど、大人ひとりで自由意志を持った子どもふたりを家の外に連れ出すのはかなりの覚悟が必要になる。
「お姉ちゃんだと弟の世話をしてくれる」と言われていたのに、母の期待を裏切って、つねに喧嘩。しかも双方、手加減なしである。
それは近所の公園でも同じだ。
「お母さん、おしっこ!」と言い出す娘と、いつの間にか難易度高めの滑り台に登ってしまっている息子。もう収集がつかない事態である。おもらしか、ケガのリスクか。
行きなれた公園ですらこの有様なのだから、これが広大なキャンプ場だったり、危険度が高い山道だったらと思うと、レジャーに出かけるハードルがグッと上がってしまう。
事故は起こる、だからこそ
どんなに親が気をつけているつもりでも、子どもの事故を100%防ぐことは不可能だ。まして、子どもが複数人になれば、親の注意も分散され、リスクが高くなっていくのはどうしようもない。
「これ、持って帰る!」と座り込む息子に気を取られているうちに、ふと顔を上げると視界から娘が消えている。なんていうことは日常茶飯事。
早々に限界を悟った私は、外遊び時の事故に備えた子どもの保険に入っている。
親子登山をはじめた当初、山ではずっといっしょに行動しているから、親が山岳保険に入っていれば遭難やケガのときも親の保険範囲で考えていた。しかも、万が一ケガをしても、私の住む地域では中学卒業までは医療費が無償なので、医療保険も不要だろうと考えたのだ。
ところがある日、何気なく保険のカタログを見ていて「行方不明時の捜索費用」という項目にドキッとした。子どもが行方不明になったとき、捜索にかかる実費や、情報提供のチラシ代、ボランティアへの謝礼などを補償してくれるという。
最近の娘の一瞬でどこかに走り去るという奇想天外な行動を見ていると、子どもこそこういう保険が必要だと思い直した。レジャーに関して、親は親の役割に応じた保険を、子どもは子どもの行動特性に応じた保険がある。
いまはレジャー保険も種類が増えてきて、1日から加入できるものもあれば、夏休みの1ヶ月間だけといったものまでさまざま。私は1年更新タイプのものに加入した。都度加入だと出がけのバタバタで忘れてしまいそうだし、どうしても「低山だから今回はいいか」という心理が働いてしまう。そして往々にして、そういう油断したときほど狙ったかのように事件が起こるものだ。
息子の自力登頂1座目、八王子城跡ハイキングコース
そして、ついにそのときが来た。
いままでベビーキャリーでおとなしくしていた息子が、1歳9ヶ月にして、乗車拒否をしはじめたのである。歩きたい、という強い意志を示して。
登山中、息子はベビーキャリーで固定されていたので、夫と私のふたりがかりでヤンチャな娘に集中することができた。それが、ふたりとも歩かせるとなると、あっちを見たり、こっちに駆け寄ったりという子どもたちを追いかけて、一瞬も気を抜けなくなる。
ということで、今回選んだ山は、片道たった20分の八王子城跡ハイキングコース。八王子城跡の管理棟から、本丸跡がある八王子城山(446m)までのピストンだ。
管理棟の隣には広大な駐車場がある。だれでもトイレも完備されている。
身支度を整え、駐車場をスタートしたのが10時30分ごろ。まだまだ歩行バランスが悪い上に、三歩進んではしゃがみ込む息子を連れていると、登山道入口の鳥居にたどり着くまでに、すでに20分近くたってしまう。
マンホールの絵柄に興味津々で、ふたりで座り込み動かない。ここで先を急いで抱き抱えるか、じっと待つか、親の忍耐力の見せ所である。
登山道自体は登り一辺倒だが、とくに危険箇所や急勾配もなく、かといって整備されすぎているわけでもなく、はじめて自分で歩く息子にはぴったり。樹林帯を歩いていくので、眺望がのぞめない代わりに、風の冷たさは気にならない。
娘にとってはやさしすぎたのか、軽やかに先に進んでは、振り返って弟を「がんばれ」と励ます余裕ぶり。それにしても瞬発力が異常に高い娘と、歩行バランスの悪い息子のふたりを自由に歩かせる大変さといったら。全身を使って段差をこえようとする息子があまりにかわいく、夫とふたりで「かわいいね」なんて視線を向けた瞬間に、娘の姿が見えなくなる。
20分のコースタイムを3倍の1時間以上をかけて目的地である八王子城山の山頂に到着。
土だらけになりながらも、息子はなんとか自力で歩ききった。自分の足での初登頂である。わが家にまたひとり、立派な山ヤが生まれた記念すべき日だった。
歩き出した二人のために、母ができること
新生児と2歳児の同時寝かしつけや、ふたりいっしょの入浴など、その時々で大変なことはいろいろとあったのだろうけど、いま思うと、下の子が動けないうちは楽だった。つど難題をなんとか乗り越え、対応力を身に付けてきたつもりだけれど、公園でふたりが真逆の方向に走り出されると、さすがに物理的に守備範囲をこえてくる。
「お願い、止まって!」と呼び掛けても4歳児は止まらない。いや、好奇心が勝って止まれないのだ。
もちろん子どもが事故にあうなんてことは絶対に避けたいことではあるけれど、現実問題、私の力だけで100%事故を防ぐ自信はない。子どもの動きを止めることは不可能だ。私がしっかりしていれば大丈夫なはずと過信せず、ある程度リスクがあることを認めることも大切なことなのだと思う。そのうえで野外に連れ出す親としてなにができるのか、なにをしなければいけないのか。息子が自分の意思で歩き回るようになったことで、万が一の事態にも可能な限り備えておくことを考えるようになった。
「お母さんのお腹の中に私がいるところ」といって保育園で描いた絵をもって帰ってきた。「お母さんのお腹に帰りたいの?」と尋ねると、少し考えて「りょーちゃん(弟)を守らないといけないから、帰らない」と言う。ふだんケンカばかりだけれど、こういう一瞬にすべてが癒される。
自由に動き回る子どもの数が増えて、親子登山の難易度はまた別のステージに上がったけれど、家族で北アルプスを闊歩する日が近づいたような気もして、ワクワクしてくる。背中に乗ってくれていた時期なんて本当にあっという間だったと少し切なくもなるけれど。
これからは子どもふたりが、それぞれの足で、それぞれの方向に歩いていくのだ。
しなこさんの、パパママへのアドバイス
子どものレジャー保険は、クライミングやスキューバなど危険度の高いスポーツは補償対象から除外されている場合があります。当日に慌てて加入すると細かい条件を見逃しがちなので、前もってどの保険がいいか、比較検討しておくといいでしょう。