- 山と雪
【山ヤの子育て】親子登山17座目・母と娘も、雨のち晴れ
2022.12.21 Wed
まつだ しなこ 子連れハイカー
ナイフのように、キレッキレ
身長100㎝にも満たない、わが家の4歳児であるが、時々、女子中学生と口喧嘩しているような錯覚に陥ることがある。
女の子は本当に口が達者だ。研ぎ澄まされたナイフのような言葉を容赦なく母の心につきたててくるので、私の心は流血しっぱなし。なんでも「イヤ! イヤ!」としか言わない下の子のイヤイヤ期なんて、蚊に刺された程度にしか感じない。
朝から私にも物にも当たり散らすので、どうしてそんなに怒ってばかりなのか聞くと、「昨日、階段で転んでやさしい心を落としました!」とのこと。「そんなに怒ってばかりの人には朝ごはんをつくりたくありません!」というと、「お母さん、それ、おどしって言うんだよ」と睨み返してくる。
厳冬期の千畳敷カール。家族4人、毎日いっしょで幸せなのは分かってはいるけれど、最近では、昔に登った山の写真を眺めては「山に帰りたい……」と遠い目をすることが増えた。
ああ言えば、こう言い返す。娘の態度に私のイライラは蓄積される一方。スタバでひとりお茶したり、1回くらいゆっくりお風呂に入ったところで解消する程度のものではない。私の怒りの導火線も日々短くなり、すぐに爆発してしまうので、朝から晩まで娘とケンカが続いていた時期もあった。正直、屁理屈ばかりこねる娘といっしょにいるのは疲れる……。そんなふうに思う日は1日や2日どころではない。
毎日ニコニコのお母さんでいたいのに。
いつも仲良しの母と娘でいたいのに。
この負のスパイラルを断ち切るには、どうしたらいいのか。
気分をリセットする方法は、わが家では「山登り」一択である。家事もスマホも忘れて、ただただいっしょに山に向き合うのだ。
晴れだけが山じゃない
ところが、予定していた日はあいにくの曇り空。前日に降った雨で道のコンディションもいいとはいえなさそうだ。
心配する私をよそに、夫はさして気にする様子もなく「晴れだけが、山じゃないから問題ない」という。日ごろからなにかと子どもたちを泥にまみれさせようとする夫なので、むしろウキウキしているようにも見える。
というわけで、今回は泥だらけになって歩こう、という趣旨で準備をすることになった。はじめて上下セパレートタイプのレインウェアの登場である。
サイズの問題もあり、3歳まではかぶるだけのポンチョタイプ、3歳以降はパタゴニア(patagonia)のレインジャケットを防寒対策で持ち歩いていたが、今回からモンベル(mont-bell)のレインウェア「レイントレッカー Kid's 100-120」に切り替えた。
第一に重視したのは透湿性。雨を通さないだけのレインウェアならアウトドアメーカーでなくとも格安で売っている。しかし、大事なのは濡れないことに加え、レインウェアの下で汗が蒸れて体が冷えないことだ。わが家が選んだモンベルのレインウェアは、キッズ用でも品質は大人と同じ。独自開発したドライテックという防水透湿性にすぐれた素材を使用している。しかも、軽くて薄い素材は、子どもののびのびとした動きをジャマしない。
決して安くはないけれど、おそらく2年もしないでサイズアウトだろう。しかし「アウトドアウェアだけは高品質なものを」というわが家のポリシーに従って、娘の気に入った色を購入した。
幕山登山、泥道だってなんのその
今回向かったのは神奈川県・湯河原にある幕山。
4,000本もの梅が咲くことで有名な幕山公園を抜け、標高626mの山頂をめざすハイキングコースが人気の山だが、わが家ではロッククライミングスポットとしての印象が強い。
幕山公園手前の駐車場に車を停めて準備を整えたら、公園内へ入っていく。大きな公園なのでトイレや休憩用のベンチもしっかり整えられていて安心だ。
ふだんは無料で利用できる公園だが、2月ごろに行なわれている「梅の宴」の期間中は駐車料金と入場料が必要となる。梅の風光明媚な景色が観賞できるし、涼しく登りやすい時期なのだが、観光客もたくさん訪れるので、駐車場はあっという間に満車に。この時期に登る場合は早出がおすすめ。私たちも8時の開門に合わせて到着した。
トイレ休憩を済ませてから、はじめてのレインウェアに袖を通す。この時点では雨は降っていなかったが、予想通り道はぬかるんでいる個所も多く、あっという間に泥だらけになりそうだったので、暑くなるまで着てもらうことにした。
自分で色を選んで、自分でレジに持っていったレインウェアなので、娘も大喜びで着用する。弟も使うことを考えると、親としては黄色にして欲しかったが、子どもが「自分のもの」として愛着をもって大事に使うことには変えられない。
9時に登山開始。幕山公園のなかは緩やかな登り坂だが、土は粘土質。雨上がりの泥道に何度も滑って転んでしまうが、レインウェアを着ているので、泥だらけになっても落ち込まない。「お尻が冷たいから着替える!」と癇癪をおこされることもない。泥だらけ、なんのその、である。
5分ほど公園内を進むと幕岩というロッククライミングの人気スポットが現れる。「あーちゃんもボルダリング上手なんだよ!」とロッククライマーたちに宣戦布告する、将来が楽しみな娘。
※クライミングをしている夫が、補助できる範囲で遊ばせている。クライミングの岩場は落ちてケガをしたり、落石の危険があるので、むやみに近づかないように。
公園を抜けると登山道に入るが、登山道といってもかなり整備された道で、迷うこともない。道幅は広く急登やガレ場もないので、登山道というより遊歩道に近い安心感だ。道幅が狭い登山道だと、つい「走らないで!」「手を繋いで!」と制約が多くなってしまうけれど、幕山ハイキングコースは、危なくない範囲で子どもを自由に動き回らせることができた。
泥んこになることを恐れず、娘は先頭を切ってズンズン進んでいく。「今日のリーダーは、あーちゃんだから」と大張り切り。もう、山で手を引かれるのがイヤなのかもしれない。
山頂に着いたのは11時半。道のコンディションが悪かったこともあり、2時間半かけて登ってきた。山頂は広くないが、平らで開けており、シートを広げて昼休憩をとることができる。登頂したときは、あいにくガスっていて数メートル先も見えない状況だったが、お昼ごはんのおにぎりを食べていると、急に視界が開けて、伊豆半島と青い海が眼下に広がっていた。
眼下に海が見える。低山でも高度感があって子どもたちも満足そうだ。
今日が雨だったとしても
一面を覆っていたガスがあっという間に消えていくドラマティックな瞬間がいつ起こるのかは、だれにも予想できなかっただろう。そんなことを考えると、私はなんだかとても安心した気持ちになった。
私は大変せっかちなので、娘との関係がうまくいかないと、1日でも早く状況を改善したくて躍起になってしまう。育児書を読んだり、ネットで検索したりして、あれこれ試すのだが、大抵は即効性なんてなく「なぜうまくいかないのか」とさらにイライラする。問題を早く解決したいタイプなのだ。でも、状況が悪いときにジタバタしても仕方がない、待っていれば事態が突然に好転することもあるのだ、と山に教えてもらった気がする。
いつの間にか私の蓄積されたイライラもどこかへ飛んでいき、ぶつけどころのなかったエネルギーを発散できたのか娘の表情も柔らかになっていた。
売店のスタッフに「山から帰ってきたら、待ってるよ」と言われたのを心の支えに、「アイス、アイス」と念仏のように唱えながら、約4時間かけて今回も歩き切った。
下山後の楽しみにしていたソフトクリームを大事に大事に食べながら、娘は「おかあさん、おいしいから半分あげるね」と分けてくれる。日ごろの憎たらしさはどこへやら、わが子がかわいくて、いとおしくて、仕方がない。
つくづく母と娘の関係も、雨のち晴れだと思う。
雨のときは、晴れがかならず来ることを信じて、恐れず泥にまみれようかな。
しなこさんの、パパママへのアドバイス
レインウェアは防風で体を冷やさない、ということはできますが、保温機能は基本的にありません。気温が低いときや、標高の高い山に行くときは、レインウェアだけではなく保温機能のあるウェアもいっしょに持って行くようにすると安心ですよ。
■モンベル/レイントレッカー Kid's 100-120